- 2022.12.02
- インタビュー・対談
海堂尊×小野昌弘 私たちはコロナ「第8波」と、どう向き合えばいいのか。パンデミックの「終わり」に考える「感染症」と「北里柴三郎」
『奏鳴曲 北里と鷗外』(海堂尊)/『免疫学者が語る パンデミックの「終わり」と、これからの世界』(小野昌弘)を読み解く。
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#小説
北里柴三郎が作った「衛生行政」の基本が蔑ろにされている。
須田 コロナの問題でいいますと、私は今、シンガポールにいるのですが、ここでは様々な情報を集めて、最先端で正しいとされる情報に基づいて対策を打っていく。だから政府の方針に、シンガポールの国民から大きな「アンチ」はなく、皆が粛々と従っていく。日本は、科学的、医学的な材料は上がってきているんだけれども、政策が必ずしもそれに対応していないように感じます。それはどのあたりに問題があるのでしょうか? 海堂さん、どう思われますか?
海堂 それを私が喋っていいんですか?(笑) では遠慮なく。日本の「衛生行政」の基本が、学問に立脚してないところが、問題だと思っています。象徴的な例が、「アベノマスク」だと思います。医療従事者はみんな、「こんなものは何の役にも立たない」と感じていたはずです。なにしろ「給食マスク」ですから(笑)。私も外科医でしたが、「アベノマスク」をつけて、手術室に入ったら怒られてしまいますよ。
そう考えると、北里が作った「衛生行政」の基本が、蔑ろにされているのが今の社会です。それを是正するために、小野先生や須田先生のような立場の方が、どんどん発信していただきたい、と思っています。
ワクチン行政も、混乱していましたよね。SNS上で発言する医師のなかには「ワクチンを2回打てば、終生免疫になる」という趣旨の発言をしている人もいましたが、小野先生は当初から「終生免疫が得られるかどうかは今後を見なければわからない。ただ、重症化は防げるだろう」ということをずっと言い続けてこられた。現在は、そのことがほぼ立証されています。当初は、間違いが出回っていたことを、みんな忘れていますよね。本来、人間は忘れる動物です。忘れないようにするために公文書を残すのですが、「公文書を捨てる政府」になった時点で、日本は近代国家の資格をなくしています。
須田 「ワクチン開発」についても、小野先生がおっしゃられたように、オックスフォード大学には、RNAの研究があったうえに、100億円が投入されて実現したのですが、実は、日本も同じぐらいのお金をかけている、と。そのお金の投資先は、正しかったのか、という議論もされないままになっています。
小野 日本政府の投資先について、どういう過程で決まったのか、われわれ免疫学の研究者からすると、不思議です。まさかここに出すはずがないという機関が入っていますから。
海堂 それはどこですか。
小野 一番驚いたのはアンジェスですね。アンジェスはバイオ製薬ベンチャー企業ではありますが、まだ本承認された薬剤を作れていませんし、そもそも感染症のワクチンについては経験も実績もありませんでしたから。それ以外のところは、理解できる選択であったと思います。ただ、一番可能性のあるところ一つに絞って、結果を出しに行くべきだった、と思いますが……。
須田 さきほど海堂さんが言われたように、この出資の過程もふくめて、すべて記録に、公文書に残しておけば、次の「ワクチン開発」の際に、こういう判断で誤りをしたということが学べます。ところが日本は、失敗すると、すぐに隠してしまう。
海堂 かつて、安倍首相が「日本の感染対策はすばらしかった」と胸を張ったときに、その情報が全部黒塗りだったという逸話も聞きました。こんなことを小説に書いたら、「馬鹿らしすぎて、リアリティがない」と言われてしまうような話です。税金の使われ方については、東京オリンピックの問題も同じ構図です。これからは、過去に学び、「新しい日本」として、出発していくべきだと思っています。
「科学の成果」をどう伝え、社会にどう役立てていくか。
須田 今度は、「科学の成果の伝え方」のことをお聞きしたいと思います。小野先生、この取り組みについてはいかがでしょうか。
小野 私はインペリアル・カレッジ・ロンドンで、学生の教育、自身の研究に加えて、その次に取り組んでいることが、「アウトリーチ」となります。アウトリーチとは、科学に興味がない人、科学に接する機会がない人たちに、大学の研究者が直接知識を届ける、あるいは学ぼうとする意欲を引き出す、そういったことを目的にして行われているものです。つまり、こんなすごい研究成果が出ました、という売り込みではありません。
研究者としての「モチベーション」を、研究にかかわってない人、たとえば、子どもたちに伝えるっていうことは、とても大事なことだと思うんです。「こういうことを目指して取り組んでいる。どうしてその研究をしたいのか、どこが楽しいのか、どんな意味があるか」。そんなことを発信しています。
イギリスという国は、「典型的な階級社会」と言われている通り、「教育の機会」の地域的な格差が激しい。だからこそ、教育の機会が少ない地域に行って、「アウトリーチ」をするということが大切です。
パンデミックが起きた際に、混乱が起きた。そのことも、「免疫学」についての、アウトリーチが足りなかった、ということかもしれません。今回の本を書こうと思ったきっかけにもなりました。
海堂 「アウトリーチ」という表現は、初めて聞きました。小野先生の話を伺っていて、「オートプシー・イメージング(=死亡時画像診断・Ai)」という、新しい診断の仕組みを社会に導入するための取り組みをしていた頃のことを思いだしました。20年間、取り組んできた結果、ようやく浸透したのですが、当初は困難だらけでした。「解剖が何より大事だ」「画像診断はレベルが低い」という意見が根強く存在したわけです。冷静に考えると、画像診断したあとに、解剖もできるわけで、両立は簡単なはず。社会に新しいことを導入するためには、知ってもらう活動が大事だということを痛切に感じています。私の場合は、小説を書き、それが映像化されたことで、浸透するという結果を得る事が出来たんですが(笑)。
「パンデミック」を終わらせることはできるのか?
須田 「正しい情報を深く理解していきましょう」ということですよね。コロナに対しては、バイアスが含まれた情報が多かったという印象です。
小野 コロナのパンデミックの特徴は、一人一人で、直面する状況が違い過ぎる、ということもあります。当初は、「危機意識を共有」していましたが、パンデミックの期間が長くなると、そうもいきません。実際に、「罹患したときの重症化率」は人によって全然違います。本にも書きましたが、新型コロナウイルスは、「免疫不全疾患、基礎疾患のある人にとっては怖い病気」「そうじゃない人にとっては怖くない病気」となってきました。重い免疫不全疾患の人が、新型コロナウイルスに感染すると、ウイルスを体内から駆逐できず、症状が長引くことがあります。新たな変異株は、このような人の体内から発生した可能性があります。つまり、新型コロナウイルス感染症に弱い人たちを守ることは、変異株の脅威から社会を守ることにもつながるのです。
ただ、ワクチンについても、「半年ごとに接種すべきだ」「そこまでしなくてもいい」という考えの人もいます。情報が複雑になってきています。簡単に答えを出せないですが、目指すべき方向性ははっきりしていると思っています。「コロナ弱者」が安心して暮らせる社会は、健康な人々にとっても、安心して暮らせる社会なのですから。
海堂 小野先生のおっしゃるとおり、いろんな情報が錯綜していて、私たちは分断されていますよね。どちらかが100%正しい、ということはないと思います。何が正しいか、間違っているのか、それを判断していくための指針となるのが、北里が基礎を作った「衛生行政」です。もう一つは、いろんな情報を、なるべく自分の頭で考えて、判断することが大切になってくると思います。政府は「屋外の空間では、マスクは不要です」と伝えていますが、今、大勢の人が屋外でもマスクをしていますよね。政府が信頼できないんでしょうね(笑)。
須田 自分自身で、ロジックで判断することが必要ですね。
海堂 ところで、小野先生。私たちは、パンデミックの「終わり」にいるのでしょうか。
小野 私たちは今、パンデミックを「終わらせる」最後の段階にいます。イギリスも、アメリカも、日本も、その他の国も、これまでの経緯と社会の状況をみて、一番よい妥当な形でパンデミックを終わらせられるよう模索しています。日本でも、コロナ弱者も、比較的コロナに強い人も含めて国民の皆に良いように、パンデミックを終わらせることが一番大事だと思います。
プロフィール
海堂尊(かいどう・たける)
1961年千葉県生まれ。医師、作家。『チーム・バチスタの栄光』で第4回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞、作家デビュー。近著に『コロナ黙示録』『コロナ狂騒録』『奏鳴曲 北里と鷗外』。評伝として『北里柴三郎 よみがえる天才7』『森鷗外 よみがえる天才8』など。
小野昌弘(おの・まさひろ)
1975年生まれ。免疫学者。熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS)客員准教授。インペリアル・カレッジ・ロンドンで准教授および主任研究者として、がん・新型コロナなどの感染症・自己免疫病におけるT細胞の働きを研究。近著に『免疫学者が語る パンデミックの「終わり」と、これからの世界』など。
須田年生(すだ・としお)
博士(医学)。熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS)機構長、卓越教授。シンガポール国立大学教授。