鳥よけグッズに目玉モチーフが多いことからも分かるように、彼らは見られるのが苦手です。
よって、タオルハンガーをベランダに設置し、そこに水族館で一目惚れして家に迎えた、くりくりお目目なのに微妙に怒ったような顔をしているゴマフアザラシの赤ちゃんのぬいぐるみにおいで頂きました。
流石に、つぶらな瞳に見つめられながらイチャイチャする度胸は鳩さんにもあるめえ。見慣れないものがあれば警戒して寄り付きもしなくなるだろうさ、と私は一仕事終えた気分になったわけです。
――はい。言われなくとも分かっております。
こんな、主人公陣営にこれから壊滅させられる犯罪組織の武器調達係の三下みたいなセリフを吐いている時点で、結果は見えていますね。
全く何の意味もありませんでした。
仕事中、パタパタと軽やかに打ち鳴らされる翼の音に顔を上げると、例の鳩アベックはゴマフアザラシに見つめられながら――私の仕事机からも視線の通る電信柱の上で、こちらをガン見しながら、交尾を始めていたのです。
私は唖然としました。
て、てめえら、よりにもよって人んちの前をラブホテル代わりにしやがって……! 恥じらいというものはないのか!?
大声で叫んでやりたくなりましたが、すぐ下は人通りの多い道路です。
「やだ……あの人、鳩に向かって暴言吐いてる……」などという可哀想なものを見る目を向けられたら人間としての尊厳にかかわるので、ぐっと我慢しました。
それにしても、しっかりこっちを見ながらというのがなんとも悪質です。こちらにあえて見せつけているんじゃないかと邪推したくなるレベルで、あのオレンジ色の虚無の目の中に心の余裕と性格の悪さを感じました。他の生き物の視線を嫌がるんじゃなかったのかよあんたら……。愛し愛されて満たされておいでだから他人の視線は気にならないんですか? 愛の力は偉大ですか、そうですか……。
お互い羽繕いに余念がなく、いっちゃいっちゃする鳩のつがいを前にして、私は敗北感に打ち震えました。
こころなしか、鳩を見つめるゴマフアザラシの背中も哀愁が漂っているように感じます。
愛に燃え上がる鳩アベックを前にして、可愛いぬいぐるみは何の効力も持ちませんでした。いや、そもそもそういう用途で作られたものではないので、ゴマフアザラシからするといい迷惑以外の何物でもないのですが。
そんなことより、彼らが交尾をしたということは、産卵までマジで時間がないということです。
早急に次の策を考えなければなりませんでした。
☆またもや次回に続く――!
阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。
【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc
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