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週刊文春記者の見た東日本大震災・取材メモから

週刊文春記者の見た東日本大震災・取材メモから

文:石垣 篤志 (週刊文春記者)


ジャンル : #ノンフィクション

東日本大震災から5年を数える。 情報が錯綜し、通信や交通が途絶える中、実情を伝えるため現地にたどりついた「週刊文春」の記者。人智を凌駕する力により壊滅した地で彼が見たものは何か。当時の記録の一部をここに公開する。

3月13日

宮城県仙台市

 早朝、温かいごはんと味噌汁の朝食が出る。民宿のおばさんからオニギリをもらって出発。

震災翌日の宮城県名取市

 昨夜の反省から長靴の購入を決める。目的地は、昨日の時点で砂浜に200体の遺体が打ち上げられていると報道された仙台市若林区荒浜地区。道中の作業服屋でヘルメットと長靴、合羽などを買い揃える。店の中年女性店主が、被災者と避難所の悲惨さを涙ながらに訴える。「泥だらけの千円を持って、『これしかないけど、長靴売ってくれますか』と言われて、商売なんかできない。昨日、1台10リットル限定で燃料を売ったガソリンスタンドには6時間の列ができたそうだ。夜は車の中でしか暖を取れない人だってたくさんいる。避難所は人がいっぱいで、食事もろくに取れない。そもそも、どこに行けば、何が手に入るのか、全く情報が入って来ない。赤ん坊を抱える母親はどこに行けばミルクをもらえるのか。テレビは映らないし、情報源はラジオだけ。そのラジオの電池もどこに行けば手に入るのか。我々が本当に必要としているのは、どこどこの地域の人は、何時にどこに行けば、何が手に入るのか、という生の情報。被害の大きさばっかり伝えるテレビ、新聞なんてこの状況を生き抜くのに何の役にも立たない。こんなのは死んだ情報。今欲しいのは生きるための情報。こういうのを、こっちでは『おだずなよ(ふざけんなよ)』と言う」

取材中の車内から

3月13日

仙台市若林区荒浜(1)

 避難所の一つ、七郷中学校へ。学校前の閉鎖しているファミリーマート前の公衆電話には人の列ができていた。編集部の定時連絡にここを使うのは諦める。

仙台市宮城野区 仙台塩釜湾付近(1)

 黒煙が上がる工業地帯を目指す。キリンビール仙台工場付近を通りかかった際、異様な光景が視界に入る。何千万本はあろうかという、夥しい数の缶ビールが一帯に散乱している(キリン発表では約1700万本)。近隣の工場や建物は、軒並み津波に破壊されていたが、ビール工場は、敷地内のタンクが大波に破壊され、押し引きされているうちに貯蔵されていた缶ビールが豪快に周辺へぶちまけられた模様。凄まじかったのが、工場の南側沿いにある運河付近。運河に沿った道は、缶ビールが直立した状態で隙間なくびっしりと敷き詰められ、地肌が全く見えない。まるで缶ビールの絨毯の上を歩いているよう。缶ビールに混ざって、僅かにキリン製のお茶や飲料水のペットボトル。落ちている飲み物を物色するグループが散見される。缶が踏み潰された足元からほのかにビールの臭いが立ち昇る。

 

 半透明のゴミ袋を片手に、娘と一緒にお茶などを選んで探していた母親は「この近所の者です。近々断水すると聞いたので……。もちろん、知り合いの被災者にも届けようと思っているんです」。それでも、表情に僅かな罪悪感が混じる。「親戚からここを聞いた」と家族総出で飲み物を袋詰めしている一団も。一方、軽トラでやってきていた若い作業員風の男性2人は「ここに来たらビールが飲み放題って聞いた。路上にこれだけ散らばっているんだ、俺たちのやっていることはゴミ拾い。汚れた道を綺麗にしているんだからキリンに感謝されてもいいくらい」と悪気なく笑う。

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