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週刊文春記者の見た東日本大震災・取材メモから

週刊文春記者の見た東日本大震災・取材メモから

文:石垣 篤志 (週刊文春記者)


ジャンル : #ノンフィクション

3月19日

岩手県大槌町(1)

 午前、大槌町到着。だが、交通規制を担当する北海道警の職員に街中心部への進入を止められる。瓦礫撤去や不明者捜索の邪魔になるため、この日から緊急車両のパスを持っていても復旧作業車両以外は入れないことにしたらしい。外は風が強く、粉塵が舞っている。

岩手県大槌町

 近くの交差点で避難所の場所を確認している際、背中に「上町自治会」と書かれたオレンジ色のジャンパーを着た、ヘルメット姿の老人2人と会う。ともにBさんという同姓の親戚同士。70歳前後。徒歩でここまで来たらしく、彼らの目的地まで乗せて行くことに。お礼にと、避難所の案内役をしてくれた。

 

「地震の日、山火事も起きた。自分は年寄りを負ぶって山に逃げようとしたが、下から津波、上は火事。逃げ場がない。燃えた家がいろんなものを巻き込みながら流されてきて、火が海面を移動している状態。プロパンガスのボンベが、ボーン!とものすごい破裂音を立てながら、いくつも爆発していた。爆発した地点からは20メートルくらいの火柱が上がったのが見えた。町全体が熱を持って熱かった。あっちもこっちも燃えていた。とにかく安全なところまで老人を担いだり、ロープで引っ張ったりして助けた。80代が2人50代が2人、全員女性。大変だった。まるで老老介護だ(笑)。

 大槌小学校も避難所だったが、波に飲み込まれた。津波が車をおもちゃみたいに巻き込み、校庭でグルグルと渦を巻いていた。町には銭湯もあったが、風呂に入っていた人たちが裸のまま、投げ出されて流れていた。ほとんどは死んだようだ。傷みの酷い遺体は見てられない。津波だけならまだ綺麗な遺体。焼けている遺体は本当に酷い。腕などが部分的に焼け焦げて、骨が見えているのもたくさんあった。家族と連絡を取れないのが一番辛い。携帯電話は便利だが、肝心な時に全く使えないことがよくわかった。津波以降は、町を歩きながら『ああ、おめえの親、あそこにいたっぺ』などと教え合っている。胸と背中に、奥さんの大きめの写真と名前を書いた紙をぶらさげて、この人、見ませんでしたか、と、町中を聞いて回る男性もいた」

 

 土足のまま死体安置所になっている体育館に入ると、お香の匂いが漂い、想像以上にひんやりとした空気。照明はなく、体育館上部の窓から日光も入っているが、全体的に薄暗い。入り口左、県警の職員が受け付けにいる。身元確認のリストが何束も置かれていた。正面には長いすに白いシーツをかけた簡単なお焼香スペースも。わずかな花も飾られている。並んでいる遺体はざっと50人以上。白か水色のシーツで全身を包んだ状態。所持品などから身元が確認できている遺体には、名前の書かれた身元確認書が貼られ、引取り人が確定している場合は、「引き受け人」としてその名前も書き加えられている。一部は焼死体。「身元不明」と赤い字で走り書きされた紙。性別すら書かれていない。成人の半分しかない程度の大きさの遺体袋は、身体の一部が焼失した大人か、子供の遺体か。

 体育館の隅の方で、袋をまくって遺体の顔を出し、無言でその頬をさすり続ける中年女性の姿。夫だろうか、遺体は白髪の混じった精悍な顔つきの男性。手つきは優しいものの、一心不乱に頬をなで続ける姿は、鬼気迫るものがある。傍らにその娘らしき成人女性も。目許は真っ赤。こちらを向いたが、思わず目を逸らしてしまう。会場では、あちこちすすり泣きが聞こえるわけではなく、むしろ遠方から行方不明の身内を探しに来た人たちが、必死で遺体を見て回っている印象。Bさんたちの身内の3人の遺体の前に赴き、それぞれ手を合わせて回る。陽気なBさんたちもこのときは真剣な表情。外に出ると、改めて中の空気の重苦しさ、理不尽さ、やりきれなさを実感する。中から県警職員の一人が出てきて、疲れた表情でタバコに火をつける。気持ちが理解できる。

宮城県名取市役所

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