特集

週刊文春記者の見た東日本大震災・取材メモから

文: 石垣 篤志 (週刊文春記者)

東日本大震災から5年を数える。 情報が錯綜し、通信や交通が途絶える中、実情を伝えるため現地にたどりついた「週刊文春」の記者。人智を凌駕する力により壊滅した地で彼が見たものは何か。当時の記録の一部をここに公開する。

――2週目――

3月16日

 朝食後、北上警察署で取材班M車、O車ともに「緊急通行車両許可証」を取得。前日から福島第一原発の爆発による緊張が高まっており、午後までニュースを見守る。この国はどうなってしまうのか。重苦しい空気が取材班を包む。ガソリン残量、沿岸部までの往復時間、現地滞在時間の効率を考え、この日は沿岸部取材を中止。

3月17日

岩手県釜石市(1)

 ちょうど昼時だったため、「昼飯食ってけよ」と勧められる。婦人会の人たちが炊き出し中。断っても漁師たちは有無を言わさない。純粋に来客をもてなそうとしているようだ。梅干のオニギリ、カセットコンロで作った温かいそばを振舞われた。婦人たちに「有り合わせで申し訳ない」と言われ、余計に恐縮。丁寧にお礼を言い、防潮堤を目指して降りていく。押し倒されたガードレールや電柱に、干からびたワカメが無数にへばりつき、至るところに浮き玉が転がっている。寄贈日はないが、岩手県知事名で〈浪を砕き 郷を護る〉の石碑。石碑そのものには傷ひとつないのが皮肉。堤防のそばで漁師と話す。

 

 住民から教えてもらった、昭和8年津波の生き残りの老女Aさん(96歳・当時)の家を訪ねる。部屋に案内されると、Aさんはベッドから半身を起こし、身振り手振りを交えながら一生懸命に説明する。「津波というのは本当に化けモンじゃ」。訛りがきつく、かなり聞き取りにくいが迫力は伝わる。

3月18日

宮城県南三陸町(志津川地区)(1)

 東浜街道(45号)からひとつ海側の道路、コンクリの基礎しか残らない場所、自転車を停めていた中年男性と話す。そこにあった定食屋の店主。「○○食堂」と書かれた、割れていないラーメンの器を乾いた泥の中から拾い上げ、指で汚れを拭っている。

宮城県南三陸町志津川中学校から

「地震は2時45分頃、ちょうど客が引いた時間。大きく揺れて、火の始末に手もつかず、店の前に出た。すぐに津波警報のアナウンスが流れたので、最低限のものだけ持って逃げ出した。高台から町が消える様子を見ていた。波より先に、倒壊する家の粉塵や煙がブワーッと舞い上がり、押し出されてくる。波が見えるのはその後だった。役場の防災センターから放送が流れ続けていたが、波に飲まれた時、ブッツリと音が消えた。チリ地震津波(昭和35年)では40数人が死んだが、今回は桁はずれだ。

 翌日、何か残っていればと、ここの店に向かう途中、人の死体がゴロゴロ転がっていた。町はまともに歩けないほど酷い惨状だった。この辺に瓦礫がほとんどないのは、全部、引き波が海に持っていってしまったから。押し寄せる波が建物を壊し、引き波がそれを海に持っていく。引き波の方が何倍も強いような気がする。何も残っていないから信じられないだろうけど、海沿いには大きな松林もあった。海の中は遺体やゴミだらけだろう。海はもうダメだ。

 この目の前でこんな惨状を見せられて、申し訳ないが、原発なんてそれどころじゃない。今から(店は)ずっと休みが続く。毎日、何も考えられず、ボーッとして暮らしている。怒ったり、悲しんだりしている余裕はない。でも人生でこれ以上のことはないだろうね。生きているだけでよかったと思う。亡くなった人の分も生きていくことにする」

 

 15時過ぎ、町を見下ろせる高台の志津川中学校に移動。消失して更地になってしまった街の全景に改めて驚く。校庭にはKDDIのアンテナ車両。そのロケーションゆえ、テレビ局の中継車が何台も停められている。校舎の一室はマスコミ用の一時的なプレスルームとして使われていた。真剣にパソコンに向かう者もいれば、笑いながらモニターを見る者も。外では、消えた街の全景をバックに、ヘルメットを被ってカメラに向かって話すリポーター。ヘルメットを被っているのは、カメラが回っている時だけ。パンをかじりながら、談笑しているクルーもいた。少し配慮が足りないのでは。この時点でここの避難所の食事は、オニギリと味噌汁に焼き魚などの一品が付く程度。某局アナが被災地を前に「面白いねー」と発言した放送事故も起きるべくして起きた気が。

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オール讀物 2016年3月号

定価:980円(税込) 発売日:2016年2月22日

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