書評

歴史に光彩を放つ華元の磊落さと誠実さ

文: 清原 康正 (文芸評論家)

『華栄の丘』 (宮城谷昌光 著)

 楚軍が北伐軍を催して陳を攻め、ついで宋の国境を侵した。楚王は鄭に宋都攻めを命じる。この戦いで、珍奇な事件が起こる。華元の御者・羊斟が食い物の怨みから鄭の本陣に兵車を突っ込ませて、華元が囚俘(捕虜)となってしまう。

 士仲が王姫から密命を受けて、華元を脱出させることに成功する。牆壁を越えて地上に落下した華元を、士仲が馬車に乗せて救出した。この脱出劇が面白い。

 その後の楚との戦いで二百日にも及ぶ籠城戦の末、華元は宋と楚の盟約締結に成功する。

 文公が逝去し、宋は文公の子・共公の時代になった。そして文公の喪を除かぬうちに、王姫も亡くなった。

 華元は、文公の死去後、君主に共公、平公が立っても、なおも宰相であり、その名は平公の三年まで確認することができる。華元の歿年は「平公の四年(紀元前五七二年)であろう」と宮城谷昌光は推測している。その間に、華元は楚と晋の和平交渉に乗り出して、宋の西門の外で晋と楚が盟いを交わすという歴史的慶事を実現させた、と華元の偉業が物語の最後に記されている。

 この『華栄の丘』は一九九八(平成十)年十月から翌年十月まで「オール讀物」に連載されたものなのだが、『宮城谷昌光全集 第二十一巻 季報』(文藝春秋・二〇〇四年七月刊)のロング・インタビューで、主人公の華元について宮城谷昌光は次のように語っていた。

「いわゆる切れ者じゃないでしょう。争いごとがあまり好きではない、平和主義者です。その感じが体貌から滲みでてくるというタイプだと思います。表だってさほどすごいことはやっていないんですが、彼ははじめて南北の会盟を成功させた点では、やはり歴史的な人間なのです。今の時代でいえば、アメリカとソ連の冷えきった関係のときに、一挙に交渉の場につかせたというくらいに価値のあることなのです。これはもう少し評価してあげるべきだという気が昔からしていました。

 それに、年表をつくってみるとすぐにわかるのですが、華元の宰相時代はずいぶん長い。これほど長く宋の国を治めたというのは、才能だけでなく、すぐれた人徳があったと考えざるをえません」

「彼はここぞというときには果断に動く人でもあったのですよ。商丘という首都が楚軍に何か月も包囲されて、食料も尽きて降伏せざるをえないというときに、自身で城を抜けだして楚の将軍のもとに行きます。あれはほんとうに勇気のあることですよ。包囲陣を抜けなければならないし、途中でみつかればたぶん殺されるし。梯子をのぼって相手の将軍の寝床へ行く。そして剣を突きつけてじかに交渉する。そういうすごみが、まるみをおびた体貌のうちにしまわれているんですね」

 この作品のもう一つの特徴は、主人公・華元の周囲にいる人物たちの個性豊かなキャラクターにもある。その中の士仲(後に華仲)と王姫についても、インタビューではこう語っている。

「(連載を)はじめるとき、時間の調整がうまくいかないということもあって、すこし短い枚数で連続してゆけば二百枚ほどになるかな、という見通しだった。ところが実際にはじめたら、のちに華元の家宰になって助けてくれる士仲という人物がいますが、そのあたりがけっこうおもしろくなってきたんです。華元以外の人物が動きはじめて、小説として弾力がでてきたので、楽しくなったおぼえがあります」

【次ページ】

華栄の丘宮城谷昌光

定価:本体700円+税発売日:2016年06月10日


 こちらもおすすめ
書評宮城谷三国志、堂々完結――この大長編に、執筆だけでも十二年の歳月をかけた(2015.04.23)
書評歴史小説家の「方法」を探し求める旅の果てに出てくる言葉(2015.05.17)
インタビューほか宮城谷昌光×吉川晃司 我々が中国史に辿り着くまで(2014.05.15)
インタビューほか宮城谷昌光×江夏 豊 司馬遼太郎真剣勝負(2014.05.15)
特設サイト「さらに広がる宮城谷三国志の世界」 宮城谷昌光 『三国志読本』『三国志外伝』(2014.05.15)
インタビューほか「歴史上の人物」にはない視点が物語に豊かな客観性をもたらす(2014.05.15)
書評〈特集〉宮城谷「三国志」 後漢という時代(2004.10.20)
書評〈特集〉宮城谷「三国志」 「三国志」の美将たち ――『正史三国志』から『三国志演義』へ(2004.10.20)
書評〈特集〉宮城谷「三国志」 主要登場人物(2004.10.20)
書評〈特集〉宮城谷「三国志」 後漢王朝皇帝全十四代在位一覧・後漢帝室系図(2004.10.20)