「新幹線、大丈夫ですか? 長い時間乗るんですよね」
全さんは返事をせず立ちあがった。紺とピンクのラインの入った新幹線が、車体をつややかに光らせながらホームにやってくるところだった。
億劫そうに腰をかがめて新幹線に乗り込むと、全さんは通路側のシートに身を投げだした。「邪魔ですよ」と脚をまたいで窓側のシートに座る。「長くて悪いな」と不遜な笑みを浮かべるので無視した。
車内は人がまばらだった。ずっと後ろの席で、日よけの帽子を被ったままの中年女性の一団がけたたましく笑った。シートを少し倒し、ビニール袋から缶ビールを取りだした。
「もう飲むのか」と、全さんが呆れた声をあげる。「おまえ、ビールしか買ってないじゃないか」
「お茶を買うの忘れました。まだ発車まで数分ありますよね」
立ちあがろうとすると、「もういい」と全さんがプルタブをひいた。
「幕の内と焼肉弁当どっちがいいですか? あ、これおつりです」
駅弁を簡易テーブルにだし、レシートとお金を差しだすと、全さんは背もたれに身を預けたまま首をふった。青いシートのせいで血色が悪く見える。
「ちょっと寝るわ。昨夜、寝れなくてな」
ひとくち、ふたくち、まずそうにビールを口にふくむ。
「それ、飲んでおきますよ」
缶ビールに手を伸ばす。全さんの手は生き物じゃないみたいに冷たかった。「助かる」と低い声がして、目をとじた気配がした。横目で見ると、腕を組んでいた。
なめらかに新幹線が走りだす。弁当についていたウェットティッシュで手を拭きながら、銀色に輝くビルがどんどん流れていくのを眺めた。朝は庭先で草むしりをしていたのに。ちぎった草の匂いがまだ指先についている気がした。私の体は意志とは違う場所へすごい速さで運ばれていっている。
ふいにお腹が鳴った。駅弁を二つ並べて、音をたてて箸を割った。