書評

女の、男への。母の、子への。妻の、夫への。様々な「情」が乱反射する周五郎の短編世界#2

文: 沢木耕太郎

『寒橋(さむさばし)』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

『寒橋(さむさばし)』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

「寒橋」

 この主人公のお孝は「おたふく」のおしずと同系の女と言えるかもしれない。一緒になった夫の時三に自分で恥ずかしくなるほど惚れ抜く。

 しかし、その夫の時三が女中のおたみと間違いを犯す。おたみは何も言わずに暇を取り、実家に帰ってしまう。それが時三によって妊娠させられたせいだと知ったお孝は、その苦しみに耐え切れず、ある夜、死んだ母親に引き寄せられるようにしてふらふらと寒橋に向かっていく……。

 ここで展開されるのは、女の激しい愛情と、それが裏切られたときの惑乱のドラマである。

 だが、それだけでは、「寒橋」の真のドラマは成立しない。女の、男への愛情という「情」に、父親の、娘への愛情というもうひとつの「情」が絡むことで、つまり、舞台に二方からの光が差し込まれることで、ドラマに複雑さが増し、輝きが増すことになるのだ。

 同居している父が倒れ、その瀕死の口から娘のお孝に驚くべき告白がされる。

 実は、あのおたみの腹の子は……と。

 

「人情裏長屋」

 裏長屋に人気者の浪人がいる。その松村信兵衛は、大酒飲みだが酒の飲み方も金の支払い方も綺麗である上、長屋の住人が困っているのを見過ごせない親切心も持っている。

 ある日、その長屋に、妻を失い、乳飲み子を抱えた浪人が引っ越してくる。信兵衛は、さっそく、道場破りをしてなにがしかの金を手にすると、その浪人のもとに届けてやる。


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寒橋(さむさばし)山本周五郎 沢木耕太郎編

定価:本体870円+税発売日:2018年06月08日