
「なんの花か薫る」
酔ったあげくの喧嘩で人を斬ってしまった若侍を、岡場所の女が部屋に匿ってあげる。すると、難を逃れたうぶな若侍の江口房之助は岡場所の女であるお新に惚れてしまい、店に通いはじめるだけでなく、やがて大身の跡継ぎである自分の妻にすると言い出すようになる。
店の同輩たちは誰も信じないが、江口房之助のあまりにも純な態度に、「ひょっとしたら」と思いはじめる。世の中に、ひとつくらいそんな奇跡が起こってもいいではないかと。「客に惚れるな」というのが口癖の年上の女も、「死ぬほど惚れる相手に会ってみたい」という同じ年頃の女も巻き込んで、岡場所のシンデレラ・ストーリーが進行していく。
しかし……。
山本周五郎の短編は、そのすべてがハッピーエンドというわけではないが、悲劇においても最後はなるほどとそれなりに胸に納まるものが多い。だが、これは救いのない残酷な終わり方をする。
それ故に、見事な「情」の短編に仕上がっていると言える。薄情もひとつの情だとすれば、その極北に立つかもしれない薄い氷のような情を一閃で描き切っているからだ。
無邪気な薄情とでもいうべきものに対して、同輩の女のひとりが叫ぶ。
《「あの人でなし、殺してやる、放して、放して」》
と。
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