
「かあちゃん」
冒頭の第一節で、居酒屋で交わされている長屋の住人たちの噂話によって、この物語の骨格と伏線がすべて提出される。
お勝と子供五人の一家がいかに吝嗇で付き合いが悪いか。以前はそんなではなかったのに、どうして金の亡者にでもなったかのように貯め狂っているのか。
《「ほんとだぜ、ちゃんと聞えるんだから、十四日と晦日の晩には、毎月きまって、銭勘定をするんだから、まったくだぜ」》
やがて、その理由が明らかになるにつれて、裏長屋の聖家族とでもいうべき一家の姿が浮かび上がってくる。
これは、山本周五郎の長屋物としては、「ちゃん」と好一対をなす作品である。共に裏長屋の聖家族が登場してくる。「ちゃん」では酔っ払ったちゃんの重吉が泥棒を連れてきて家に泊まらせてしまうが、この「かあちゃん」では強盗に押し入った男をかあちゃんのお勝が泊まらせてしまう。
朝になると、「ちゃん」の方はわずかな家財を盗まれて逃げられてしまう。しかし、盗まれた家族は、盗まれて上等、ちゃんが盗人にならなかっただけでいいと言う。一方、「かあちゃん」の方は押し込みに遇うが、この押し込みはお勝の言葉の前にうなだれ、何も盗まないだけでなく、逆にそこに泊まり、やがて一緒に暮らすようになる。結果は真反対になるが、どちらもその一家の聖家族ぶりが鮮やかに描かれることになるのだ。
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