- 2018.07.20
- 書評
書き手の愉しみ、読み手の愉しみ――馳星周が挑んだ新境地とは?
文:村上 貴史 (書評家)
『アンタッチャブル』(馳 星周 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
驚くべきことに、というか馳星周の日頃の小説であれば驚くべきことでもないのだが、物語はテロリスト対公安警察という構図にもなっていくのである。特徴は、そのテロ計画が実在するのか、それとも、椿がその超一流の頭脳を(もしかすると無意識のうちに)駆使して構築した妄想なのかが不明な点である。この夢だかうつつだか判らない陰謀のなかでの捜査行が、また愉快だ。椿のテクニックは一流で魅了されるし、捜査一課時代には決して用いなかったであろう手段を宮澤が使っていく逡巡もまた読ませる。捜査対象者を通じて見えてくる椿の情報も新鮮だ。さらには、警察内部もしくは公安内部での権力闘争の実情も、この捜査のなかで見えてきたりする。コメディの衣をまとってはいるが、物語の骨格は、シリアスな小説でも十分活かしうる頑丈さを備えているのだ。素晴らしい。
そしてなにより素敵なのが――著者本人があとがきで述べていて、読み手としてそれを実感したのだが――作者が愉しんで書いていることである。文章に、セリフに、展開に、それがにじみ出ている。その愉しさが読み手に伝わってきて、読み手を愉しくさせてくれるのである。作者が愉しんでいるからこそキャラクターはよりいっそう暴れ、夢もしくはうつつの陰謀は、よりいっそう深く精緻なものとなる。物語の展開も先がまるで読めなくなる。宮澤の苦労も増して増して増す。六百三十六頁まで、まったくその愉しさで走り続けるのだ。踊り出したくなるほどの愉しさで。なんとも得がたい一冊である。
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