書評

様々な「悲哀」を乗り越える、人間の貴い姿を描いた。周五郎短編は、終わることがない――#2

文: 沢木耕太郎

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

「野分」

 又三郎は藩主の庶子だったが、生まれ落ちると家臣の手に渡され、その二男として育てられることになった。ところが、藩主の正嫡である男子が次々と死んでしまったため、又三郎が世継ぎ候補として浮上することになる。

 しかし、ちょっとしたことから植木職の老人とその孫娘と知り合い、交流を重ねていくうちに、武家の生活というものに嫌気がさしてくる。

 そして、ついには、武家の生活を捨て、心惹かれるようになった孫娘を妻に迎え、町住まいをして生きたいと思うようになる。

 だが、どうしても世継ぎにならざるをえなくなったとき、植木職の老人に言う。町家の娘を大名の正室とすることはできないだろう。しかし、自分は彼女しか妻にする気はない。側室という名目にはなるかもしれないが、彼女ひとりを愛しつづけるので、自分にくれないだろうか。

 それを聞いて、植木職の老人は驚くべき行動に出る……。

 これは江戸っ子の「意地」を描いたものとも言えなくはないが、あえていえば人間としての「倫理」を描いたものと言うべきもののようにも思える。

 ――自分のために人様をかなしませてはならない。

 だが、その潔い「倫理」は、もうひとつの、深いかなしみを生むことになるのだ。

将監さまの細みち山本周五郎 沢木耕太郎編

定価:本体870円+税発売日:2018年07月10日


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