山本周五郎は短編小説の書き手としての技量が頂点に近づくにつれて、居酒屋と岡場所を舞台にした作品を多く書くようになっていった。男たちは酒と女によって「悲」を打っちゃろうとし、女たちはそんな男たちによって「哀」を積み増されることになる。
居酒屋と岡場所は「悲」と「哀」が生まれるところであり、棲むところであり、棄てるところでもあるのだ。
この「山本周五郎名品館」の第四巻にあたる『将監さまの細みち』では、「野分」において江戸っ子の老人の意地が生み出してしまう孫娘のかなしみが、「並木河岸」では子供を持てない夫婦の行き場のないかなしみが、「墨丸」では養女の身の処し方に隠された深いかなしみが、「夕靄の中」では、かなしみが新しい人間の関係を生み出す不思議が、「将監さまの細みち」では岡場所の女の消えそうで消えないかなしみが、「深川安楽亭」においては、はぐれ者のつどう居酒屋がかなしみの防波堤になる意外な展開が、「ひとごろし」では弱者ではなく強者にもかなしみが生まれるという、思わず笑いを誘われてしまう姿が、「つゆのひぬま」ではかなしみを抱いた男と女の最後の救いが、それぞれ描かれていくことになる。
だが、山本周五郎は、悲哀を悲哀として描きながら、その悲哀を乗り越える姿も貴いものとして描いている。「桑の木物語」では、主君との蜜月を過ごしたあとで、その日々の大事なものが失われてしまった家臣のかなしみと、それを乗り越えていく姿が雄々しく描かれてもいくのだ。
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