「深川安楽亭」
そこは、張り巡らされた堀によって「島」のようになった一角にあって、はぐれ者たちがつどう居酒屋だ。しかも、彼らは、はぐれ者の中のはぐれ者である。
そこには通常の意味での出入りがない。入ってきても出ていかないからであり、出ていくのは死んだときだけであるからだ。
これは一種の群集劇である。その扇の要にいるのが居酒屋の主の幾造である。
はぐれ者の彼らは、幾造の指示のもと、抜荷の手伝いをすることで、金を得ている。そのようなことが可能なのも、同心たちに賄賂を掴ませることで、「お上」からの目こぼしを受け、一種の治外法権的な場所になっているからだ。
しかし、そんな「約束事」を無視し、彼らの悪事を暴き立て、手柄を立てようと「島」に踏み込んできた同心のひとりに、幾造がこう言う場面が出てくる。
《「私があいつらを押えている、世間へ出て悪いことをしないように、私があいつらを引受ける、そう旦那にお約束したんです」》
滅多にふりの客は入ってこないが、ある日、素人風だがわけあり風でもある客がまぎれ込み、いつしか常連のように飲むことを続けるようになる。飲むとひとりごとをぶつぶつとつぶやき、ときに涙を流す。その客の様子に、はぐれ者たちも慣れていくことになる。
その客の来訪とほとんど時を同じくして、親にはぐれた子雀を拾うように、ひとりのはぐれ者が「外」で袋叩きに遭っている若者を拾ってきたところから、その居酒屋に大きな波風が立ちはじめる。
悪事を悪事とも思わないような男たちが、窮鳥が飛び込んで来ると、善行を善行などとも思わず、平然と命をかけて助けようとするのだ。
そして、深いかなしみを抱いた酔っぱらいの客もまた……。
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