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様々な「悲哀」を乗り越える、人間の貴い姿を描いた。周五郎短編は、終わることがない――#3

様々な「悲哀」を乗り越える、人間の貴い姿を描いた。周五郎短編は、終わることがない――#3

文:沢木耕太郎

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

【2よりつづく】

「深川安楽亭」

 そこは、張り巡らされた堀によって「島」のようになった一角にあって、はぐれ者たちがつどう居酒屋だ。しかも、彼らは、はぐれ者の中のはぐれ者である。

 そこには通常の意味での出入りがない。入ってきても出ていかないからであり、出ていくのは死んだときだけであるからだ。 

 これは一種の群集劇である。その扇の要にいるのが居酒屋の主の幾造である。

 はぐれ者の彼らは、幾造の指示のもと、抜荷の手伝いをすることで、金を得ている。そのようなことが可能なのも、同心たちに賄賂を掴ませることで、「お上」からの目こぼしを受け、一種の治外法権的な場所になっているからだ。

 しかし、そんな「約束事」を無視し、彼らの悪事を暴き立て、手柄を立てようと「島」に踏み込んできた同心のひとりに、幾造がこう言う場面が出てくる。

《「私があいつらを押えている、世間へ出て悪いことをしないように、私があいつらを引受ける、そう旦那にお約束したんです」》

 滅多にふりの客は入ってこないが、ある日、素人風だがわけあり風でもある客がまぎれ込み、いつしか常連のように飲むことを続けるようになる。飲むとひとりごとをぶつぶつとつぶやき、ときに涙を流す。その客の様子に、はぐれ者たちも慣れていくことになる。

 その客の来訪とほとんど時を同じくして、親にはぐれた子雀を拾うように、ひとりのはぐれ者が「外」で袋叩きに遭っている若者を拾ってきたところから、その居酒屋に大きな波風が立ちはじめる。

 悪事を悪事とも思わないような男たちが、窮鳥が飛び込んで来ると、善行を善行などとも思わず、平然と命をかけて助けようとするのだ。

 そして、深いかなしみを抱いた酔っぱらいの客もまた……。

文春文庫
山本周五郎名品館Ⅳ
将監さまの細みち
山本周五郎 沢木耕太郎

定価:957円(税込)発売日:2018年07月10日

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