書評

様々な「悲哀」を乗り越える、人間の貴い姿を描いた。周五郎短編は、終わることがない――#2

文: 沢木耕太郎

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

「将監さまの細みち」

 おひろは赤坂田町の岡場所で働いている。岡場所で働く女たちはそれぞれに事情を抱えてそこで働いている。そのことを互いにわかっているため、客のことなどで揉めたとしても、どこか深いところで理解し合っている。

 しかし、おひろの場合は他の女たちから冷たい眼で見られつづけている。それはおひろが「通い」であるからだ。岡場所の女はほとんどが「抱え」なのに、おひろは外に家庭を持ちながら、「通い」でやって来て、こんな場所で稼いでいる。たとえそこにどんなにろくでもない亭主がいるとしても、「抱え」の女たちにとっては、家庭を持っているということが、やはり絶対的な嫉妬の対象になってしまうのだ。

 おひろの亭主は指物師だったが、病気を理由に、いつまでたっても働きに出ようとしない。子供を抱えて、おひろは料理茶屋から岡場所で体を鬻ぐところまで来てしまった。そこに深い絶望があったが、ある日、ひとりの客の前で、ちょっと変わった童歌を歌ったところから、運命が急回転を始める。

《「五十年まえ、――」とおひろは無意識に呟いた、「そして、五十年あと、――」》

 それはおひろの、絶望に耐える「まじない」のような言葉だったが、その境遇から脱出できそうになるのだ。

 しかし……。

 ちょっと変わった童歌とは、「天神さまの細みちじゃ」を「将監さまの細みちじゃ」と歌詞を変えて歌うものだった。なぜなら、おひろたちが育った長屋の町内の隣に「松平将監」の屋敷があり、遊び友達と共にそう歌う癖がついていたのだ。

 その歌詞がこの短編のタイトルになり、また物語を動かす重要なバネになっている。

 最後におひろが口ずさむ「将監さまの細みちじゃ」の哀切さが、私たちの胸に深く突き刺さる。

3へ続く

将監さまの細みち山本周五郎 沢木耕太郎編

定価:本体870円+税発売日:2018年07月10日


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