「墨丸」
これは『日本婦道記』の中の一編であり、岡崎藩物の一編でもある。
両親を失い、引き取られ、養家で育った少女と、その養家の息子である少年との、何十年にもわたる、出会いと別れを含んだ交情を描いたもの、と言えるだろう。
だが、そこにどのような「婦道」が描かれていたかというと、これもなかなか「婦道」という言葉には収まり切らないものがある。
この「墨丸」にはいくつかの要素が重なり合っているが、まずは、醜いアヒルの子が白鳥になるという物語がひとつの軸になっている。少女は、色が黒いので少年によって「墨丸」というあだ名がつけられるが、やがて、琴や和歌に能力を発揮するようになり、それと同時にみるみる美しくなっていく。
少年は成長し、やはり同じく成長した少女を娶りたいと望むようになる。しかし、成長した少女は、その申し出を決然と断り、家を出てしまう。
なぜ、どうしてだったのか……。
成長した少年である平之丞はその思いを抱きながら、やがて別の女性と結婚し、子供を持つに至る。
時が過ぎ、その理由はやがて明らかになるのだが、それがお石という名の少女の「婦道」であったとは思えない。
お石は、かなしみを胸に納めて家を出ていたのだ。
このとき、お石のかなしみは「悲しみ」と書きたいように思える。涙に濡れたかなしみではなく、胸に納め、自ら封印したかなしみであるからだ。
この「墨丸」には毅然とした女性の生き方の美しさが描かれていくことになるが、それは「婦道」というものに限定されない、人間としての雄々しさ、清々しさによると思われる。
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