企画展というのは一朝一夕に実現するものではなく、長い準備期間が必要です。基本となるコンセプトから実際の展示に関する諸々の仕様まであらゆることを決める過程では、様々な試行錯誤や葛藤も生まれます。五年ほど前、中野さんとの最初の打ち合わせでお伝えしたのは、ご著書で取り上げられた名作はおいそれとは貸してもらえないので新たに出品作を選び直す必要があること。そして、作品を選ぶにあたっては、歴史的背景やシチュエーションから「怖い」解釈が生まれるようなものは少なくして、視覚的に直接「怖さ」が伝わるものをなるべく多くしたいということでした。
こうした提案、特にふたつ目のそれは、中野さんからすれば少々心外だったかもしれません。というのも、中野さんの『怖い絵』の本領は、直接的な描写の怖さよりは、一見怖くない作品の背後に横たわるコンテクストを丹念に読み解くことで浮かび上がる、ある種デリケートで間接的な怖さのほうにこそあるからです。なのに、そのような話をあえてしたのは、展覧会場に文字情報を提示することの難しさを危惧したためです。プライベートな空間で自由に時間を使っておこなうことができる読書とは違い、不特定多数が公共の場所に集まる展覧会では、個々の作品の背景を丁寧に読み込んでもらう余裕はないだろうと考えたわけです。
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