その時は渋々中野さんの意見に従いましたが、結果的にそれが正解だったのです。というのも、実際に展示してみると、一人の画家が複数の主題を似た様式で描く様子を穏当に示すより、別々の画家が同一の主題にまったく違う様式で取り組む「対決」を見せるほうが遥かにスリリングに主題の「怖さ」を伝えることができたからです。無理に我を通さなくて良かったと後で安堵したことを告白しておきましょう。
異質な作品同士を独自の視点で「対決」させる鮮やかな手腕は、本書でも遺憾なく発揮されています。まず冒頭の、クリムトとカラヴァッジョの対決からして意表を突きます。世紀末美術の代表を差し置いて、バロックの巨匠が如何に淫靡な世界を隠微に表現したかが語られているのですから。あるいは、テニールスとアルマ=タデマの対決(12章)では、伝統的な魔女像と古代ローマの貴婦人に擬態したイメージを並べる発想の面白さが際立っています。最終章のホッパーとモンドリアンの対決も、具象と抽象の両極をあえてぶつける力業(ちからわざ)が痛快です。
こうして見ると、ヌードをめぐるティツィアーノvs.マネのような、直接的な影響関係が明白な“正統的”対決はほとんどなく、中野さん独自のアンテナに引っ掛かった共通項をもつ二作品が対決させられるパターンが多いようです。それらは一見突飛な組み合わせに見えながら、実はそれぞれの画家の意図や時には時代精神の違いまでもが巧妙に対比されている点で読み物としての奥行きを備えていることは見過ごせません。中野さん、「怖い絵」展の第二弾がもし実現するなら、この「対決」の趣向を大々的にフィーチャーしてはいかがでしょう?
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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