- 2018.11.27
- 書評
杉村三郎は見る、この世のすべてを。私立探偵としての活躍、本格的に開始!
文:杉江松恋 (書評家)
『希望荘』(宮部みゆき 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
次の表題作では、二〇一一年一月に受けた依頼のことが語られる。依頼人の父親は亡くなる直前に、昔人を殺したことがあると告白を残していた。過去の事実確認のため杉村は雇われるのである。題名の「希望荘」は、その依頼人の父親がかつて住んでいたアパートの名前を表したものだ(初出:「STORY BOX」二〇一五年四月号〜十一月号)。
短篇連作形式になってから、このシリーズでは右記のように必ず作中の日付が明記されるようになった。前出の「砂男」では杉村が今多一族から離れた時期を二〇〇九年一月と明かした上で、調査の始まりを二〇一一年二月六日の日曜日としている。この作品で描かれるのは杉村の故郷で起きた事件で、蕎麦屋を経営していた男性が予兆もなく突如失踪したのである。状況は彼が不倫をしていたことを示しているのだが、蛎殻昴に依頼を受けた杉村が調査を進めると、裏の事情が明らかになっていく。
作中時間が少しずつある一点に近づいていくことに読者はお気づきだろう。二〇一一年三月十一日に起きた未曽有の災害、東日本大震災である。最終篇の「二重身(ドツペルゲンガー)」(初出:「STORY BOX」二〇一五年十二月号〜二〇一六年五月号)はその大震災からちょうど二ヶ月後、五月十一日から始まる物語だ。今回の依頼人は高校生の少女で、シングルマザーの母親が交際していた男性が震災後から行方不明のため、探してもらいたいというのだ。言うまでもなく災害の直後には同じように行方不明になった無数の人々がいた。自然の猛威によって生命を奪われたのである。杉村は地震が発生した二時四十六分を指したまま止まっている時計を、直さずに自室に置いておこうとする。「あの震災で世の中が変わったところ、変わらなければならないのに変わり得なかったところ、変わりたくないのに変えられてしまったところ――それらのせめぎ合いから生じる歪みが案件となって現れたもの」を自分は扱うことになるだろう、という思いのなせるわざである。
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