書評

杉村三郎は見る、この世のすべてを。私立探偵としての活躍、本格的に開始!

文: 杉江松恋 (書評家)

『希望荘』(宮部みゆき 著)

『希望荘』(宮部みゆき 著)

『希望荘』はその杉村三郎シリーズの第四弾にあたる作品集であり、単行本は二〇一六年六月二十五日に小学館から刊行された。今回が初の文庫化だ。

 収録作四篇をまとめて言うと、杉村探偵事務所設立顛末記ということになるだろうか。このご時世、一本独鈷で生きていくのは容易なことではない。借りるべき部屋を探し、何で生計を立てていけばいいかを考え、という杉村の試行錯誤が四篇を通じての柱になっている。結局彼が落ち着いたのはなんともおかしな具合の間借り生活なのだが、そのへんは実際に読んでお確かめいただきたい。嬉しいのは元の勤め先で行きつけの店にしていた〈睡蓮〉のマスター・水田大造が、近所に引っ越して喫茶〈侘助〉を開いてくれたことである。水田の作るホットサンドは本当に美味しそうなので、杉村にとっては幸運であった。

 生計を立てる途も容易には見つからなかったようだ。今多家の庇護を離れた後の彼がどうしたかは三番目に収録されている「砂男」(初出:「オール讀物」二〇一五年六月号、八月号。「彼方の楽園」を改題)に詳しい。これまで実家からは勘当同然とだけ書かれていた杉村家の人々が初めて登場する短篇である。ここで杉村は調査会社を経営する蛎殻昴と出会い、彼から下請け仕事を回してもらうようになる。その仕事をするときの名刺は「調査員 杉村三郎」、自分の事務所を訪れた依頼客に渡すのが「杉村探偵事務所」の名刺だ。

 しかし駆け出しの探偵にそうやすやすと依頼人など来るものではない。最初の依頼人が彼を訪ねたのは二〇一〇年一月の事務所設立から十ヶ月後、十一月十六日のことだった。それも近所に住むご婦人の紹介で。持ち込まれた依頼は、亡くなったはずの老人が生きているのを見かけたので、事の次第を確かめてもらいたいというものだった(「聖域」初出:「STORY BOX」二〇一四年十二月号〜二〇一五年三月号)。いくらかまとまった金額を着手時に預かるのは探偵事務所の慣例だろうが、このとき受け取ったのは知人の紹介ということもあってわずか五千円、以降それが杉村探偵事務所の決まりになる。

昨日がなければ明日もない宮部みゆき

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