「それが、……サファイヤ」
蒼く輝く液体を飲んだときの快感を体が、心が思い出し、岳士の喉がごくりと鳴る。
『そう。思いのほか効果が強くて、さらに依存性まであったから個人で使うだけじゃなくて、スネークみたいな組織を通じて世間にもばらまいた。弟の死で完全に壊れていたあのお姉さんに、普通の倫理観なんて意味なくなっていただろうからさ。あのクスリのせいでぼろぼろになる人のことなんて、気にならなかったんだろ』
サファイヤの奴隷と化し、ビルの屋上から飛びおりた少女の笑顔が脳裏をよぎる。岳士は強く唇を噛んだ。
『まあ、なんにしろ、そこまで人格が壊れるほど、お姉さんにとって弟の死はショックだったんだ。けれど、そこにお前が現れた。亡くなった弟にどこか似た雰囲気があるお前がさ。もちろん、だからって最初からお前と弟を重ねて見ていたわけじゃないだろう。けれど、お前と長い時間一緒にいるうちに、だんだんあのお姉さんの中で、お前と弟の境界が曖昧になっていったんだよ。あのお姉さんは弟を失ってから、ずっとその代理品を探していたんだよ』
代理品。その言葉に胸を抉られると同時に、頭の中で記憶が弾ける。
「……タカ……シ」
最後に彩夏と体を重ねたとき、絶頂に達した瞬間、彼女はそうつぶやいた。あのときは過去の恋人の名前だと思い、燃え上がるような嫉妬にかられた。けれど、もしかしたら彼女が呼んだのは、死んだ弟の名前だったのではないだろうか。
部屋の温度が一気に下がった気がして、岳士は身を震わせた。
『最初から、あのお姉さんは壊れていたのさ。きっとだからこそ、お前はあそこまで彼女に惹かれた。なんのことはない、壊れたもの同士が傷をなめ合い、依存しあっていたんだよ。けれど、お姉さんの方が一枚上手だった。サファイヤと自分の身体、持っている武器を使ってお前を完全に支配下に置いた。死んだ弟の身代わりとしてずっと自分のそばに飾って……』
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