七年前からその気はあった。あのとき賢吉は大蔵省の人間だったため、もっぱら妻木頼黄の意を体するかたちで奔走したのだが、金吾はよほど気に入らなかったのだろう。いっときはほとんど毎日、
「矢橋君。君にはまったく失望したよ。どうして理非曲直がわからんかね。設計競技しか道はないのだ」
などと激しく叱責されたものだった。
師と師のあいだの板ばさみ。賢吉は心労のあまり本気で隅田川へ身を投げようとした夜もあったが、しかし金吾というこの十五歳上の伝説的人物のふしぎさは、休日などに自宅へあそびに行ったりすると、
「よく来たね」
議事堂の話はぜんぜんせず、妻木の悪口すら言わず、もっぱら近ごろの力士の月旦などしつつ飲みかつ食らうばかりなのである。そうして夜もふけると、
「気をつけて帰れ」
門の前の通りまで、みずから送りに出てくれる。つまりはただの先生だった。賢吉は心底ほっとするのだが、翌日になると、またしても、
「矢橋君。何べん言ったらわかるんだ」
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