現在と状況が違っても、生きているのは同じ人間
━━今後はどういった作品を書いていきたいと考えていますか。
川越 松本清張賞の選考委員の京極夏彦さんが、「戦を描く作品の主軸に、義でも忠でもなく、礼を選んだセンスには敬服する」と選評に書いてくださいましたが、僕が読んできた戦国時代や幕末の歴史小説は、「義」や「忠」をテーマとして書かれたものが多かったような気がしています。僕は集団や組織のために個人を犠牲にするという美学は、読むのはともかく自分が書く題材としてはしっくりこなくて 、それよりも歴史の中にはもっと面白いことがたくさんあるんじゃないか……現在とはまったく状況が違うけれど、そこに生きているのは同じ人間なので、今に通じる人間の本質や感情がきっと炙り出せるはずだと思っています。
海外の映画でいちばん好きなのは『キングダム・オブ・ヘブン』(2005年米国、監督:リドリー・スコット)。筋書きを簡単に言えば、挫折した人間が前向きにがんばっているうちに自分を取り戻していくという物語です。外国映画にありがちなストーリーかもしれませんが、僕は破滅や集団に殉じるより、ひとりの人間が成長して自分を獲得していく物語が肌に合うし、好きなんでしょうね。自分ではそういうものを読みたいし、書く時もテーマになっています。
━━デビュー作も今作も、複数の故郷をもった人物がそれぞれの価値観を持って登場します。そこで人間の多面性、あるいはひとつの国では正義であっても、他国にとってはそれが異なるという問題がくっきり浮かび上がってくるように感じました。
川越 人間は個々人同士の価値観は絶対に違う。そこで必ず価値観の違いによる軋轢や争いは生まれるんですけど、やっぱりひとつの社会で生きていく以上、できれば仲良くなれる夢を見られた方がいいよな、っていうのは常にありますね。特に、今の日本は多様な価値の共存できる社会を目指していますが、それは人によっては自分の価値観から見たらありえへんものに囲まれている、しんどい世界でもあるかもしれない。そこでどう生きていくかは現代人の抱える課題のひとつで、過去の歴史をたどって、現代に通じるテーマを掘り起こしていくような書き方をしたいと思っています。
そういう風に考えるようになったのは、僕自身、本当に人と分かりあえているかといえばそんなことはない……仲良くやっていけたほうがいいに決まってるけど、他人を理解するなんて難しそうという問題が、僕の中には子供のころからずっとありました。その中で自分がどうやって生きていくか考えているうちに、今の社会や世界の在り様に興味を持ち始めたのかもしれないです。まあ、何だかんだ言っても、自分がすごく人見知り、寂しがりやっていうことに尽きるのかもしれません(笑)。まだまだ書きたいもの、面白いと思っている題材の種はたくさんあるので、その芽を伸ばしていけるよう頑張ります。
川越宗一(かわごえ・そういち)
1978年大阪府生まれ、京都府在住。龍谷大学文学部史学科中退。2018年『天地に燦たり』で第25回松本清張賞受賞。短編「海神の子」(オール讀物)を発表し、日本文藝家協会の選ぶ『時代小説 ザ・ベスト2019』(集英社文庫)に収録。19年『熱源』を上梓、第10回山田風太郎賞候補にノミネート。