ヴォーリズが今、作家の仕事場を建てるなら
門井 それにしても先生は建築史家として過去のことを研究なさりつつ、実際に建物もおつくりになります。それは小説家でいえば、近代文学研究と実作を両方やっているようなことです。似ているようでぜんぜん違う。これがおひとりの中ですんなり折り合いがついているものかどうか、かねがねお聞きしたいなと思っていました。
藤森 折り合いは、わりとついているというか、私は分けて考えているんです。歴史研究や批評の文章を書くときと、設計をするときでは、使う脳が全然違うんですよ。正直に言ってしまえば、建築の設計はいくらでもできる。頭が疲れないんですよ。
門井 そうなんですか?
藤森 文章を書くというのは、やっぱり大変ですよ。建築の設計は案をいくつも、それぞれをちゃんとつくって、しかもそれがいろんな条件のもとで駄目になったとしても、またすぐつくり直せます。それがまったく苦にならないんです。締め切りに遅れる小説家の方はたくさんいるでしょう?
それだけ苦労が多いですから。しかし締め切りに遅れた建築家は聞いたことがない。施主と期日を決めたら、絶対に間に合います。言語より原始的な脳の部分を使っているんじゃないかと思いますね。
門井 なるほど……先生がおっしゃると、とてつもない説得力を感じます。そういう二つの道を歩むことは、先生にとってよかったということでしょうか。
藤森 もちろんですよ。なんといっても文章を書き続けるのは大変だから(笑)。
門井 そうなんですね。自分のことになるのですが、僕も小説を書きながら、一方でこうした近代建築にまつわる仕事もいろいろと増えてきて、このたび家を建てることになったんです。
藤森 おお、設計は誰がしているんですか?
門井 一粒社ヴォーリズ建築事務所にお願いしました。辰野金吾の次の時代、日本で多くの建築を手がけたウィリアム・メレル・ヴォーリズが創立した事務所の直系です。ささやかながらも、仕事のためだけの一軒家を設計してもらっているんですが、僕の注文はただひとつ。「ヴォーリズが今生きていて、作家の仕事場を建てるとしたらどうなるでしょうか」。
藤森 え、それだけ!? うーん、そんなこと言われたら建築家は困るかもなあ(笑)。
門井 ちょっと抽象的すぎますか? 作家はそういう言い方をしたがるんです(笑)。
藤森 正直なところ、建築家としては施主にはもっと具体的なことを言ってほしい。ここを充実させてほしいとか、こんな資材を使ってほしいとか、ほら、直接的な要望のほうが捉えやすいじゃない?
門井 ああ、そうか。悪いことしちゃったなあ(笑)。
構成:宮田文久/撮影:石川啓次
撮影協力:東京都江戸東京博物館
ふじもり・てるのぶ 一九四六年、長野県生まれ。建築史家・建築家。東京大学名誉教授、東京都江戸東京博物館館長。専門は日本近代建築史。『建築探偵の冒険・東京篇』でサントリー学芸賞、『明治の東京計画』で毎日出版文化賞、「日本近代の都市・建築史の研究」で日本建築学会賞(論文)、建築作品「熊本県立農業大学校学生寮」で日本建築学会賞(作品)、「ラ コリーナ近江八幡 草屋根」で第一部(美術)日本芸術院賞を受賞。著書に『日本の近代建築(上・下)』『人類と建築の歴史』など多数。最新刊は『藤森照信 建築が人にはたらきかけること』。
建築家デビューは九一年の神長官守矢史料館。以降、自宅タンポポハウス、ニラハウス、高過庵、低過庵、多治見市モザイクタイルミュージアムなどを設計。建築に自然を取り込む美学を探求し続けている。
かどい・よしのぶ 一九七一年、群馬県生まれ。二〇〇三年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。一六年『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、一八年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。
著書に『家康、江戸を建てる』『屋根をかける人』『定価のない本』等多数。他、近代建築を訪ね歩くルポ『ぼくらの近代建築デラックス!』(万城目学氏との共著)、エッセイ集『にっぽんの履歴書』、新書『徳川家康の江戸プロジェクト』、ビジュアルブック『日本の夢の洋館』(写真・枦木功)、本郷和人氏との対談『日本史を変えた八人の将軍』など幅広く活躍。最新刊『東京、はじまる』は、明治を代表する建築家・辰野金吾をモデルに、今日の風景が生まれるに至った「東京のはじまり」を描いた物語である。