- 2020.06.15
- 書評
『呪われた町』こそ、御大キングの真正(神聖)処女長編だ!
文:風間 賢二 (文芸評論家)
『呪われた町 上 下』(スティーヴン・キング)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
以上が本書の物語が始まるまでのジェルーサレムズ・ロットのおおまかな歴史だ。そしてこの略史からキングが本書のタイトルを当初はSecond Comingとしていたことがうなずける。「キリストの再臨」ではない。その意味に準じれば、「悪魔の再臨」といったところ。正確には、「悪の力の回帰」だろう。最初がジェームズ・ブーンの邪教集団。その再臨・回帰が本書で語られるというわけだ。一度目の謎の災厄でロットはゴーストタウンになる。そして二度目の今回も……。
妬(ねた)み、嫉妬、憎悪、嫌悪、嘘、中傷、誹謗(ひぼう)、貪欲、怒りといったささやかなものから人種差別、男尊女卑、性的虐待、近親相姦、幼児虐待、家庭内暴力、アルコール依存症、不倫、狂気といった大きな問題まで、平凡で活気のない日常の背後では様々な大小の悪が執拗に行われている。それがジェルーサレムズ・ロットの住人であり、かれらが作る共同体だ。もちろんそのスモール・タウンは理想の国アメリカを反転させた縮図でもある。
悪の温床であるジェルーサレムズ・ロット、悪霊に取り憑かれた場所(バッドプレース)としてのスモール・タウンが凝縮された具現化がマーステン館である。マーステン(Marsten)はモンスター(Monster)の発音のアナグラムだろう。その伝でいけば、悪の象徴であるふたりの謎のヨーロッパ人、バーロー(Barlow)とストレイカー(Straker)は、ブラム(Bram)・ストーカー(Stoker)のアナグラムである。
そうしたことから勘のいい読者は、これは吸血鬼ものだ! と気づいたのにちがいない。いや、もちろんそれは本書が最初に刊行された一九七五年当時の話である。なにしろ本書のタイトルは’Salem’s Lotである。なんのことかわからないし、どんな内容か見当もつかない。モダンホラーの書き手として、キングと双璧をなすピーター・ストラウブは、本書を読んで、カート・バーローが正体を現して相手に襲いかかる場面で、度肝を抜かれた。「なんと、吸血鬼か! そういう話だったのか!」
ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』も刊行当時は、読者に同じ驚愕をもたらしたのだ。原題は単にDraculaである。やはりなんのことかわからないし、どんな内容か見当もつかない。物語の中盤でようやく犯人が吸血鬼ということがわかるミステリー・スタイルの物語だ。したがって日本版はタイトルからして壮大なネタバラシをしていることになる。まあ、今日ではドラキュラが吸血鬼であることを知らない人はいないからかまわないが。
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