金銭面と時間の余裕ができたからか、キングは長編第二作として『呪われた町』のほかにも同時期に長編を仕上げている。その作品は、『最後の抵抗』か『ブレイズ』(未訳)のいずれかだ。どちらを執筆したのかはっきりしないのは、キングがエッセイやインタビューによって口にするタイトルがまちまちだからだ。いずれにしろ、それら二作品はのちにリチャード・バックマン名義で刊行されることになる。
ともあれ、キングは『呪われた町』と『最後の抵抗』(あるいは『ブレイズ』)のいずれを次作として刊行すべきかをエージェントにそれぞれの内容を話して相談したところ、即座に『呪われた町』に決定した。理由は簡単、『最後の抵抗』(あるいは『ブレイズ』)はリアルな普通小説で地味(とはいえ、バックマンらしい異色のサイコ・サスペンス)だが、スーパーナチュラル・ホラー『呪われた町』のほうが時流に即していて売れそうだから。
『呪われた町』の原題は’Salem’s Lotだが、当初はSecond Comingだった。辞書によれば、「キリストの再臨」という意味でつかわれる。しかし、キングの妻タビサによる「なんか下品なセックス本のタイトルみたい」(二度イク、とも読める)の発言で却下。そう考えてしまうタビサがかなりヤラしい。そこで編集者が物語の舞台であるJerusalem’s Lotを提案。だが、それだと宗教本(聖地エルサレム)と勘違いされそうだということで、省略形の’Salem’s Lotになったしだい。
ジェルーサレムズ・ロットは町の名前で、そこの住民は略してセイラムズ・ロットと呼んでいる。つまり、本書の真の主人公はセイラムズ・ロット(ジェルーサレムズ・ロット)というスモール・タウンそのものなのだ。メイン州にあるこのジェルーサレムズ・ロットは実際の地図には存在しない。
そう、キング・ワールドでおなじみの架空の町キャッスル・ロック(『デッド・ゾーン』、『クージョ』、『ダーク・ハーフ』、『ニードフル・シングス』など)やデリー(『IT』、『不眠症』、『骨の袋』、『ドリームキャッチャー』など)の雛形(ひながた)がジェルーサレムズ・ロットである。
本書の前半三分の一は、このスモール・タウンについてと、そこの住人についてのさまざまなエピソードに費やされる。まず本書は、アメリカ文学伝統のスモール・タウンものに棹(さお)さす作品である。