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松山大耕(僧侶)×小川哲(作家)「ウィズコロナ時代の心との向き合い方。常識を更新し、よりよく生きるための心得とは」

松山大耕(僧侶)×小川哲(作家)「ウィズコロナ時代の心との向き合い方。常識を更新し、よりよく生きるための心得とは」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

「松山大耕×小川哲」別冊文藝春秋LIVE TALK vol.2[完全版]

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

松山 でもね、いまその授業で覚えてることって、「昔からの言い伝えで、毒きのこと茄子を一緒に炊いたら毒が消えるという通説があるけど、それは嘘です」っていうことと、あとは「ダイオキシンを分解するすごいきのこがいる」という、二つだけ。

 でも、今日こうして、小川さんとこんなふうに話せた。まずい店に行って、その時やその後、どんなふうにその体験を使うか。それもその人の力量なんですよね。その場をどう楽しめるか、そっちのほうが大事やと思うんですよね。

小川 その時、その瞬間は面白くなくても、あとで笑い話になることもある。いまふいに思い出したんですけど、小学校に入学した翌日、担任の先生が僕らに言ったんです。私はこれから二年間、このクラスを担当しますって。でも、いろいろ教えても、どうせきみたちは先生のことなんて大人になったら忘れてしまう。だからこそ、私はこの二年間で、ひとつでもきみたちが大人になっても忘れない言葉を残したい。それが目標ですって。

松山 すばらしい。

小川 僕、その先生について、見事にその話しか覚えてないんですよ(笑)。でも、大人になって塾講師のアルバイトをしてたとき、やっぱり僕もそう思ってました。「あの先生、こんなこと言ってたな」という言葉を残したいなと。

 いま小説を書いてるときも、まさにそんな気持ちなんです。僕自身、小説の内容なんてすぐ忘れちゃう。話じゃなくて、セリフとかシーンとか、何かひとつ、心に残っていてくれたらいいなって思ってます。

「リモート法要」で得た気づき

小川 でも、たしかに失敗できない時もある。そのひとつが、大事な人の、生死にまつわる事柄なのかなとも思うんです。今回のコロナ禍では、まさにそういう瞬間がたくさんあった。松山さんも、自粛期間中に初めてリモート法要に挑戦されたとうかがいました。

松山 そうなんです。私自身、「法要はお寺に集まって実施するもの」という信念があり、考えてもいなかったのですが、緊急事態宣言が出され、ご親戚一同が集まるということができなくなりました。お通夜でクラスターが出てしまった例もあったそうですし、「信念」とか言っている場合ではなくなってしまった。そんななか、ある檀家さんに「どうしてもおばあちゃんの法要をみんなでやりたい。全国にいる親戚にZoomで中継してもらうことはできませんか」と言われたんです。檀家さんのほうからご提案いただいたので、それでは是非ということで、法要の中継を行いました。時間は約二時間。最初の一時間でお勤めをして、それから少し私がお話をして、その後はご親族で対話をしていただく時間を作りました。それぞれがお昼ご飯を用意して、食べながら画面越しにみんなで話す。それを皆さんがとても喜んでくださったんですよ。法要中も、皆さん本当に真剣に手を合わせてくださっていて。私には、法要を中継してしまったら信心が薄れるのではないかという懸念があったんです。でも、信心がなかったら、画面の前であんなに真剣に手を合わせてくださらないよなと。皆さんのお姿を見て、私自身とても勉強になりました。

 もちろんお寺に来て、本堂のあの空気感のなかでお勤めをするのはやはり特別なものなので、今まで通りの方法も必要だと思いますが、同時にZoomのような新しい技術を使い、ハイブリッドなやり方でより多くの方に法要をお届けするのがいいのではないかと思いを改めました。

小川 そんなふうに最新の技術を使って法要を行うことに対して、松山さんでも少し抵抗があったということは、もう少し年齢が上の方や、他のお坊さんの中には、根強い抵抗感がある方もおられるのではないでしょうか。

松山 実際私も父に、画面越しでお祈りするなんて滅相もない、と言われたことがあります。ただ今回は檀家さんからご依頼いただいたということで一回やってみよう、と。年齢の割に理解のある住職ですね。こうした変化によって、たとえばいままでは、北海道にいらっしゃる方に京都の法事に来てほしいとは言いづらかったのですが、オンライン上であれば、一緒に入っていただいてお話しすることができます。

小川 全国でそういう動きがある……というわけでもなさそうですね。

松山 お寺によると思います。個人的に、こういった新しい取り組みに関しては、五〇歳から五五歳ぐらいのところに壁があるような気がしていて。もちろん一概には言えませんが、体感としてそれ以上の年齢の方には、いままで通りのお葬式、仏教のあり方でまっとうできると思っている方も多いように感じます。でも、私たちの世代は、それでは絶対に無理だと思っている。社会情勢や、人々の気持ちの変化に合わせて、私たち宗教家自身が変われるか、というところがすごく重要だと思っています。

小川 そもそも仏教は、時代や地域によって教えの形を変えてきたものなんですよね。インドでやってる仏教と、日本でやってる仏教は、元は一緒でも、いまは形が全然違う。そういう意味でいうと、コロナは仏教の形を変える一つのきっかけになるのかなと思うのですが。

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