そんな私の転機は、大学デビューでもおしゃれへの目覚めでもなく、新人賞を取ってプロ作家デビューしたことでした。
あのですね。問答無用で、いっぱい写真を撮って頂けるのですよ……。
著者近影や、インタビュー記事などに使ってもらうためです。
それ自体は大変ありがたいのですが、ろくな服はないし、化粧だってほとんどしたことないし、笑顔だってぎこちないしで、最初の頃は本当にさんざんな状態だったのです。後にカメラマンさんが当時のことを「あんな顔をさせてしまうなんて、自分の力不足に落ち込みました」などと述懐なさっていたのですが、どう考えても悪いのは顔色が悪く見える色の服しか持っておらず、カメラを向けられた瞬間に歯が痛いみたいな顔しか出来なかった私のほうです。
そんな私を救ってくれたのは、文春の女性編集者の皆さんでした。特に、初めての担当編集氏は非常におしゃれで、いつ会っても頭のてっぺんから足の先っぽまでトータルコーディネートされていたので、ちょっとしたカルチャーショックを受けたものです。
彼女達は、それまで私が出会ったことのないタイプの女性であり、田舎から出てきて服に迷走する新人作家に対し大変親切でした。
私の服の中から辛うじて使えそうなものを選んで組み合わせてくれたり、新しい服を買う際のアドバイスをくれたり、取材の場に合わせた服の選び方を教えてくれたり、お手本となるような作家さんの写真を見せてくれたり、ちょっとでも成長がみられるとめちゃくちゃ褒めてくれたりと、皆さん、そりゃもう丁寧に「おしゃれレベル1」だった私を教え導いてくれたのです。
そんなデビューから8年半、迷える女子大生は我が道を行くアラサーになりました。どうせ着るのなら、自分が気に入っていて、なおかつ他の人の目から見ても似合っていると思われる服を着たいものです。文春のお姉さま方のご指導の甲斐あり、それっぽく見える服の種類も分かるようになり、自分なりに成功するメソッドも構築し、なかなか良い買い物が出来るようになってきたのではないかと思っています。
先日、久しぶりに一人で買い物に行き、値段、着心地、サイズ、デザイン、着回しの幅の広さと、我が買い物成功メソッドに完璧に合致するブラウスを発見しました! きちんと試着をし「うん、似合っとる。これなら間違いない」と確信し、意気揚々と購入して帰宅したのです。ちょうど母が東京に遊びに来るタイミングだったので、部屋の目立つところに飾り、感想をもらおうとウキウキしながら待っていました。
そして部屋に入った母はそのブラウスを見て、一声、こう漏らしました。
「え……?」
その表情を見て、私は全てを悟りました。
結論から申し上げますと、購入から数か月経った現在、未だにあのお気に入りのブラウスを「いいね!」と言って下さる方とは出会えておりません。まあ、世界は広いですから、あの良さを分かってくれる人ともそのうち出会えることでしょう!
阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。現在は「八咫烏シリーズ」第2部『楽園の烏』を執筆中。
公式Twitter
https://twitter.com/yatagarasu_abc
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。