ミステリー創作と『逆転裁判』
阿津川 今度は具体的な執筆の流れについて。今日は創作ノートを持ってきたので、こちらをお見せしつつお話しします。
私の場合はまず発想のタネを転がして、ノートの上でブレインストーミングをしてみるんです。一度手を動かさないと、アイデアがまとまっていかないんですよね。ある程度行き詰まると、考えたところまでプロットにまとめ、編集さんとブレストをさせていただいて、更に脳を揺さぶってアイデアを広げたり詰めたりしていきます。
これは『星詠師の記憶』のアイデアを練っていたときのノートなんですけど、実は『星詠師の記憶』は最初ファンタジーと本格ミステリーの融合を書こうと考えていたのですが、編集さんと話すうちに、むしろ現実と地続きのところにある科学的存在として、未来を見ることのできる紫水晶を登場させ、論理的に世界を作っていく方向に転換したんです。それに合わせて紫水晶を研究する組織の概要やメンバーを作り込み、彼らの研究所で殺人が起きることにして。事件現場となる研究所も、外界から隔絶されたクローズドサークルではなく、アガサ・クリスティの「セント・メアリ・ミード(*2)」じゃないですけど、英国ミステリーを思わせる閉鎖的な人間関係のコミュニティとして書くことにしました。
打ち合わせでここまで決めて、あとは持ち帰って私が更に思いついたことをがんがんノートに書いていきました。例えばこのページは、作中のある日付の月食の進行を計算して、トリックに使えるか調べた部分です。なんか図とか時刻の推移とかいろいろ書いていますね(笑)。私はとにかく複雑な小説を書きがちなので、混乱したときのために一回はノートに書かないとダメなんですよ。火傷するのは自分ですからね。
斜線堂さんのお手元にある大量の付箋がすごく気になるのですが、斜線堂さんはどのようにご執筆されていますか?
斜線堂 私はノートみたいなしっかりしたものは使っていなくて、トリックや会話、世界観とか思いついたアイデアの断片を付箋に書いて、ひたすら部屋の壁に貼るという行為をしているんです。今日は貼ってある付箋の中から見せられるものを選んで持ってきました。こういう付箋をどんどん貼っていって、ある程度壁が埋まったら、「そろそろプロットを作れるな」と感覚的に分かる。そしてプロットを作って編集さんからOKが出たらもう書き始める。ノートで詳細を詰めたりしないので、頓挫するたびに丸ごとボツを繰り返すという非常に非生産的なスタイルですね(笑)。
阿津川 「壁のこの部分はこの長編用」みたいに付箋を貼る場所を分けていたりするんですか?
斜線堂 いえ、もう空いているところに思いつくままに貼ってます。逆に何も思いつかなくて行き詰まっているときは、じっと壁を見つめて付箋の中から使えるアイデアを探したりもします。そして使ったものは剝がして捨ててしまうんです。例えば、これは新作用に貼ってある付箋ですが、「デザイナー、小説家」「天井が見えたとき」「登場人物が多い」と書いてあるけど、どういう意味か私にもよくわからない(笑)。
阿津川 書いた本人なのに(笑)。
ミステリーの創作といえば、私はゲームの『逆転裁判(*3)』から学んだことがたくさんあって、同世代の斜線堂さんと語りたいと思っていました。斜線堂さんが『逆転裁判』を初めてプレイしたのはいつですか?
斜線堂 小四のときに、先ほどお話しした私のメール小説を読んでくれていた友達に教えてもらってプレイしたのが最初でした。
阿津川 小四で初プレイとは早い! 私は高一のときですね。私にも書いたミステリーを読んでくれる友人がいて、彼とプレイして楽しんでいました。「逆転裁判」シリーズは何回もリバイバルや移植があったので、私たちの世代だと必ずどこかのタイミングでブームとぶつかりますよね。
『逆転裁判』って、小さな謎解きを積み重ねることで大きな謎が解けるじゃないですか。最初にプレイしたとき、そのことがすごい新鮮だったんです。その頃読んでいたミステリー小説では、始まりから八割くらいまでが問題編で、残りの二割の解決編で謎が一気に解かれるという印象でしたので、小さな謎をロジカルに解きながら物語が進行していくことに感動しました。
斜線堂 事件の小さな矛盾を突いていくことが、どうやって大きな謎の解決に繫がっていくのか、プレイ中にはまったく想像もつかないんですけど、あとから見ると綺麗にすべて繫がっているんですよね。
阿津川 大きな構図が見えていなくても、謎解きをひとつひとつ積み重ねていけば必ず最後にはクリアできるんです。あれはすごい。
斜線堂 まさに発明ですよね。
阿津川 『逆転裁判』をプレイしてからミステリーの読み方自体変わりました。『逆転裁判』をプレイするまではエラリー・クイーンの国名シリーズも「名作と言われているから読んでみよう」という勉強気分で読んでいて、その作品を十分楽しんだとは言い難かったんです。でも『逆転裁判』をプレイしてから『フランス白粉の謎』を読んでみたら、印象がまったく変わって。推論の積み重ねと共に物語が進み、しかも個々の推論には小技のロジックが効いている。例えば、死体が発見されてからあるモノについて推理を働かせることで、次に調べる場所が分かる、というように、小さな謎解きが物語を駆動する力になっている。『エジプト十字架の謎』の中盤に出てくるチェッカーの論理で、現場の状況がくっきりと分かるパートの快感とかにも、似たものがあります。『逆転裁判』をプレイしたことで、ミステリー小説の構造をより立体的に見ることができるようになったんですね。『ギリシャ棺の謎』のような先鋭化された多重解決でなくても、論理と推理によって物語を駆動することは可能で、それはクイーンから連綿と受け継がれてきていたんだと。
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