- 2021.01.09
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2020年の傑作ミステリーはこれだ!【海外編】 <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年の傑作をおすすめします。
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
【海外編】
司会 2020年の必読ミステリーをふりかえっていく座談会、国内編のあとは海外編です。ここからは翻訳ミステリーの専門家Nさん(文春初の大学ミス研出身者。海外ミステリー一筋20年。最愛の1作はJ・エルロイ『ホワイト・ジャズ』)と、華文ミステリーの第一人者である文庫編集部のAさん(『葉桜の季節に君を想うということ』『隻眼の少女』など担当。最愛の1作は中井英夫『虚無への供物』)のお2人を中心に、話を聞いていきたいと思います。
まず、アンソニー・ホロヴィッツの『その裁きは死』(創元推理文庫)。2018年の『カササギ殺人事件』、2019年の『メインテーマは殺人』に続いて、3年連続でベストテンを総なめにする快挙をなしとげました。
N この作品はもう認めるしかない(笑)。あらすじを簡単に紹介しますと、離婚訴訟を専門に手がけていた弁護士が殺され、ある著名な作家が最重要容疑者として浮上した――という事件を、著者のアンソニー・ホロヴィッツ本人が「わたし」として語ってゆきます。ホームズ以来のスタイルですね。
探偵役は『メインテーマは殺人』と同じ、元刑事ダニエル・ホーソーン。たいへん下品で性格も悪いけれど、とんでもなく頭の切れる名探偵で、作中のホロヴィッツは彼の手がけた事件を下敷きにして本を書いている手前、行きがかり上、ホーソーンと一緒にこの殺人事件を調査することになります。被害者はワインボトルで撲殺され、現場に謎の数字が残されているという、ある意味で古典的なスタイル。派手なけれんもなく、関係者の話を聞いて手がかりを集めていく、オーソドックスな展開をみせます。登場人物は多くなく、されど犯人の隠し方がうまくて、非常に巧みに「意外な犯人」を演出していますし、手がかりの配置も読者の盲点をつく絶妙なもの。いってみれば、メチャクチャ切れ味のいい小技を破綻なく連続させる作者の技術力がとてつもない。これが文庫版で出ているわけですから、これはもうみんな読もうね、という結論でいいでしょう。
司会 夏の座談会で、Nさんから「現在の海外ミステリーのトレンドは文芸的な作品だ」という趣旨の話がありました。そんな中にあって、謎解きにこだわるホロヴィッツという作家はどんな位置づけなんでしょうか。
N 「特異点」みたいなものかなと思います。日本では、新本格ミステリー以降、謎解き本格モノが一定の隆盛を誇り、エラリー・クイーンの新訳が次々に出るくらい古典も読まれていますよね。でも、海外ではまったく違っていて、クリスティはともかく、クイーンなどは新刊書店にありません。その背景の分析はほかに譲るとして、いえることは海外の作家も読者も日本人ほど古典を読まないし、ゆえに日本では書き手と読み手のあいだに広く共有されている「本格ミステリー」の概念みたいなものがほとんどないということです。ただ、時々古典ミステリーを読みこんでいるホロヴィッツさんのような人が「特異点」として出現し、クラシックな謎解き作品を書いてくれるので、「こういうのが読みたかった!」と、僕ら日本のファンが喜ぶ(笑)。
司会 「週刊文春ミステリーベスト10」1位のインタビュー記事を読むと、ホロヴィッツさん本人も、日本での高評価をとても喜んでくれているみたいですね。