村山 私自身の素の性格が、できるだけ誰からも嫌われたくない、波風立てずにいい人でいたいというものだから、ついついその甘さが小説にも出て、自分が書く主人公のことも読者に好きになってほしいと思っちゃうところがある。でも、辻村さんは、ご自身と小説の主人公とのあいだに絶妙な距離をとって、読者が主人公の味方をしたいと思うような描写をなさいませんよね。どちらかというと、読む人の中にある愚かさとか傲慢さを言い当ててしまう主人公を造形し、読者に同族嫌悪的な気持ちを抱かせ、だけど、主人公から目を背けることができなくしてしまう。
特別養子縁組を題材にされた『朝が来る』(2015年)もそうでした。中学生で赤ちゃんを産んでしまうひかりは、人生の岐路でことごとく悪い方を選び、いわば自ら進んで堕ちていく。自分に甘いところもあり、読者は彼女に同情しきれない。「しょうがなかったんだよ」「ひかりは可哀想な子なんだよ」という逃げ道を用意してあげようと思えばできるのに、あえてエクスキューズを作らず、主人公のどうしようもなさをどうしようもなさとして描く。辻村さんの描写に一切の妥協がないから、読者は納得する以外にないんですよね。
■直木賞受賞後の迷い
辻村 私、村山さんに会ったらお聞きしようと思っていたことがあって。
村山 何? 何?
辻村 私、デビューして17年なんですけど、いま初めて後輩の作家が出てくる感じを味わってるんです。「学生時代に辻村さんの小説を読んでました」と言われることも増え、気づくと自分が先輩の立場になっているんだと思った時、自分より上の世代の作家さんは後輩の作家を意識することなんてあったのかなと。
村山 そりゃもう。私はデビューが小説すばる新人賞なんですけど、デビューして4~5年後まで、次に新人賞を取る人たちのことが気になってしょうがなかった時期がありましたよ。
辻村 へえ~、村山さんでも!
村山 私はたまたまデビュー作の『天使の卵』(1994年)が売れてくれて、とてもよいスタートを切ることができたんだけれども、同時に「誰かが自分の場所に座るかもしれない」という強い危機感があったんですね。数年たってようやく、作家の世界は椅子取りゲームじゃないということがわかってきた。消えるも消えないも自分の問題で、消えたくなければ自分で陣地を広げていくしかないんだと思えるようになって、少し楽になりました。
その次は、『星々の舟』(2003年)で直木賞をいただいて少したった頃でしょうか。デビュー直後とは全く違う意味で、うかうかしていられないぞ、と思うようになって。
辻村 直木賞の後なんですね。
村山 はい。直木賞を受賞してすごく楽になった部分もあるけど、いざもらってみると周囲にはもらった先輩たちがたくさんいるし、後輩もどんどん出てくるし、その中でどうやって生きのびていけばいいんだろうと。本も昔に比べて売れ行きが落ちてきて、さあどうしよう、ミステリーを書けば売れるだろうかとか。
辻村 村山さんがそんなことを?
村山 真剣に考えましたよ。恋愛小説でずっとやっていけるのかな、誰か人が死ぬような小説を書いたら売れるかな、なんて、しばらく悩ましかったけれど、『ダブル・ファンタジー』を書き、『ミルク・アンド・ハニー』を書けて、ちょっと楽になれたというか――「楽になる」のとは少し違うかな。周囲よりも自分の内側に目が向くようになったかもしれない。次に自分が獲得していかなくちゃいけないものは何だろうとか、挑戦しなきゃいけないものは何だろうとか、いまはそういう方に意識が向いていますね。
辻村 直木賞をもらった直後って、うれしくて、世間に認められた感じもあるんですけど、次に何を書いていこうか、私も迷いました。賞にノミネートされているうちは目に見える形で注目されるし、伴走してくれる編集者の熱量もすごい。いま思うと、作家としての青春時代だったなって感じます。でも、私が次に書く小説が賞の候補になるかもしれない、という思いで1作1作仕事をしてくれた編集者も、いざ賞をもらってしまうと当然次の新人の登場を期待するようになるだろうし。賞をいくつもとられている中堅、ベテランの作家さんの新刊が出て、すごくすばらしいのに、前ほどわかりやすく注目されていないように感じて、とてもショックを受けたり……。
村山 確かにそうかもしれない。ハードルが勝手に上がってくのよね。
辻村 ああ、自分はこういうシビアな世界にいるんだなって感じることが何度かあった時、村山さんの『ダブル・ファンタジー』がすごく励みになったんです。直木賞という大きな出来事があった先で、代表作となる作品を更新し続けて書く先輩がいる、と。直木賞を受賞された後、『ダブル・ファンタジー』に辿り着くまでのお話を伺ってもいいですか?
村山 それを語ると『ダブル・ファンタジー』の内容にリンクしちゃうんだけど、作中に出てくる省吾、つまり私の当時の旦那さんとのあいだに齟齬が生じて、ちょうど家を飛び出した時期だったんですよ。
辻村 ああ……。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。