いよいよ最終投票へ。激戦の末の受賞作は?
昼間 本作は直木賞候補にもなったし、米澤さんはすでに売れっ子作家であり、去年の『商う狼』のように「ここだから選ばれる」という作品をあえてプッシュして、お客さまに提案する理由を作りたいという意味で、私は『もろびとの空』を推す気持ちが強いです。売り場での選択肢を増やしたい。あと、私、今年が選考委員五年目で任期満了なんです。
平井 オマケのように、すごい強い理由出してきましたね(笑)。
市川 さりげなく猛アピール(笑)。
吉野 緊張しますね……。ひとつ汚れがあったからってすべてが綺麗でなくなるわけではない、というのも人生そのものだな、と思えたので僕は『高瀬庄左衛門御留書』でお願いします。
阿久津 直木賞をとらなかったからこそ応援したくもあり、昼間さんについていきたくもあり……難しいなぁ。やはり、時代小説大賞でもっと知ってもらいたいので『もろびとの空』に一票です。
平井 今回の五作は本当にどれが大賞になってもおかしくないくらい良かったです。この賞とは何か、どころか「時代小説とは何だろう」なんて根本的なところまで考える機会になりました。今の気分としては、騒がしく動き続ける時代だからこそ、真冬の静けさを湛える『高瀬庄左衛門御留書』をお薦めしたいです。
市川 わー、僕で決まってしまう! ここはひとつ“本屋が選ぶ”という初心に立ち返って、時代小説を普段読まない人に一冊だけ渡すならばどれ? と考えると、『高瀬庄左衛門御留書』ではないでしょうか。
――長時間にわたる議論、おつかれさまでした。第十一回本屋が選ぶ時代小説大賞は砂原浩太朗さんの『高瀬庄左衛門御留書』に決定いたしました。……ということで、昼間さん、いかがでしょう。
昼間 賛成。素晴らしい受賞作だと思います! 悔いはありません(笑)。
まだまだある、絶対読みたい注目作!
――ハイレベルな大接戦となった今年は、候補作以外にも注目作がたくさんあると思います。おすすめや、来年に向けて期待の作品を教えていただけますか?
平井 私は絵画もとても好きなので澤田瞳子さんの『星落ちて、なお』には「別冊文藝春秋」連載中から夢中になっていました。『若冲』もそうですが、絵から入って時代小説を読むという点で澤田さんの文章が好きなんです。史実だけでは分からないところを掘り下げて書いてくださるので、「こういう人なんだ」と身近に感じられて。私はひとつ読んで好きになると全作品を読みたくなる質なので、最近はずっと澤田さんの作品を読破してます。
吉野 去年、『まむし三代記』がこの賞の候補にもなった木下昌輝さんは『宇喜多の捨て嫁』でデビューされた時から注目しています。このところ少し路線が変わったようにも感じますが、新作は楽しみにしています。今回注目が集まった、ビハインドからのスタートとか、敗者に光を当てる作風では、『敗れども負けず』などの武内涼さんも好きです。
市川 僕のおすすめは一九年十月に矢野隆さんが出版された『源匣記(げんこうき)』です。日華融合ファンタジーという謳い文句で、日本のような中国のような世界観のなかで部族同士が戦う物語なんですが、地図から植生・言語・風習・歴史など矢野さんが創り上げた設定が凄いんです。壮大なシリーズがこれからどう動いていくのか、すごく楽しみにしています。あと今年だと川越宗一さんの『海神の子』ですね。江戸時代の海賊の親子を描いたお話で、エンタメ感抜群の作品です。
阿久津 まさに今、面白く読んでいるのは稲田幸久さんという方の角川春樹小説賞受賞作『駆(か)ける 少年騎馬遊撃隊』です。戦で家族を殺された少年が毛利方の吉川元春に拾われて馬術の才を見出され戦場に身を投じる、という内容。先々が楽しみな作家がまた一人増えました。
昼間 その角川春樹小説賞を『童の神』で受賞した今村翔吾さんも『塞王(さいおう)の楯(たて)』が出たばかりですね。最強の護りとしての石垣造営に挑む集団・穴太衆(あのうしゆう)を描く作品で、これも戦の中心からは少し外れた人々を扱う点で今年の候補作の流れにあるように思います。前後して刊行された真保裕一さんの『真・慶安太平記』も、由比正雪の乱を再解釈する力作です。この二作はきっと来年の候補に入ってくるはずなので、内田さんを見習って私も予言を残していきます(笑)。
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