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目利き書店員が太鼓判! 第11回「本屋が選ぶ時代小説大賞」

目利き書店員が太鼓判! 第11回「本屋が選ぶ時代小説大賞」

文:「オール讀物」編集部

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

『化け者心中』蝉谷めぐ実

 ――脚を失って舞台を引いた元人気女形の魚之助と鳥屋の青年・藤九郎が、芝居小屋に現れる鬼の謎に挑む江戸時代バディもの。大型デビュー作として注目される、野性時代新人賞受賞作です。

 市川 ポップな文体で、すごい新人さんが出てきたなぁと思いました。帯に選考委員の森見登美彦さんの〈こんなにぴちぴちした江戸時代、人生で初めて読んだのである。脱帽!〉という絶賛コメントがあるのですが、まさに森見さんを連想する文章です。始めはとっつきにくくても読み進めるとハマってしまう魅力があります。

 吉野 耳に良い、響きがある文章ですね。

 昼間 私は、リズム感のあるこの文章がちょっとしんどくて最初はなかなか進みませんでした。ですが、新しいタイプの時代小説なのは間違いなくて、これからの活躍が楽しみです。

 平井 舞台に入り込んでしまってからは、文体にも慣れるというか、むしろ引っ張ってもらえました。カラフルでポップで、読んだことのない時代小説。歌舞伎のことを知らなくても、歴史を調べてみたくなります。エピソードも鮮やかで、両羽を折られて飛べないけれど素晴らしい声で鳴くカナリアが、自分にハンディがあっても絶対に良いところも見つかる、という象徴のようでとても印象に残っています。

 市川 傾奇者(かぶきもの)の話ということで、異形のものがたくさん出てくるんだろうと思いきや、誰の中にも異形はあるのだという結論に収束させていく構成も、よくまとまっていますよね。

 吉野 役者というのはどこかで“鬼”なんだと思いながら読んでいくと実は……真相に驚かされながらもそこに辿り着く過程にやや物足りなさが残りました。もう一捻りあったらもっと良かったと思います。と望んでしまうのも新人離れした作品ゆえなんですけれども。

 阿久津 この作品単体で読むならもちろん文句なしなんですが、五作の中で比較するとなると、デビュー作なだけに「次を読みたい」とも考えてしまいます。蝉谷さんの次回作への期待の裏返しということで。うまくすればシリーズにもなりそうです。また、人間の心の内を探っていく物語なので、タイトルの心中は「しんじゅう」と「しんちゅう」のダブルミーニングなのかな、とも考えました。『百と卍』などで人気の漫画家・紗久楽さわさんによる装画もあでやかです。うちの店でも名前が知られていないうちから売れていましたし、店頭で目を引きますよね。パンチのある華やかな装丁というのはやはり強い。

 平井 たちまち大増刷、日本歴史時代作家協会賞新人賞受賞、とか折あるごとに小まめに帯も変わって、やはりこういう「出版社が力を入れてるんだな」というのは読者にも書店員にも伝わります。

『千里をゆけ』武川佑(文藝春秋)

 ――武川さんも、デビュー作『虎の牙』で歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞と華々しく登場されたお一人。三作目の本作では初めて室町時代を描いています。

 吉野 まず、くじ引きで選ばれた六代将軍・足利義教を題材に選んだのが面白いですよね。鎌倉や室町ってあまり作品が多くなくて、歴史小説好きでも読みなれていない時代なので。ハンディを負った状態から仲間を得て乱世を泳ぎ切っていく設定に、困難を乗り越えていく力強さを感じました。『虎の牙』『落梅の賦』という前二作も戦国時代の中ではそこまでメジャーでない人物を扱い、しかも必ずしも勝者側ではない人に脚光を当てている。この人が書いた小説をもっと読みたいなと思わせてくれる作家さんです。

 平井 ビハインドからスタートして勝ち上がっていくという物語は、今の苦しい時代にあって共感する人が多いと思います。ただ、女の子が兵法を学んで活躍するというのが『もろびとの空』と印象がちょっと混ざってしまって、私の中でこの二作のインパクトが弱くなったところはあるかもしれません。

 市川 主人公の小鼓に実は軍略の才があったとわかると、あれよあれよと兵を率いる立場に上っていくというストーリーは、流行りの異世界転生ものっぽいなと思ったんです。でも読み進めていくうちに、彼女が戦場で活躍するかどうかを超えて、人を生かす術とは何なのかを考えだすと、物語が一段階上のところに入ってぐんと良くなります。小鼓の成長を追うジュブナイルのような味わいもあって爽やかな読後感でした。

 阿久津 やはり一番の焦点が主人公の成長にあるので、後半で彼女が自分の考え方を固めて、立場が確立されてくるにつれてどんどん面白くなりますね。

 昼間 話は面白いし、義教の恐怖政治や父親との再会など、よく描かれていると思います。名もなき少女が登り詰める設定に違和感を覚えたのですが、市川さんの異世界転生ものというのを聞いてなるほどと。そういう設定や比較的マイナーな時代が舞台であることも含めて、好みによって分かれる作品かと思います。私自身は、年齢のせいかこういうキャラクターの描かれた漫画風の装丁を手に取りにくくなってきているのですが……。

 吉野 言いにくいのですが、僕も普段なら買わないタイプの装丁です(笑)。

 昼間 逆に、時代小説に慣れていない人が、一冊読んでみようかなという時にはぴったりかもしれません。

 平井 背景や歴史を知らない人が読んでも十分に楽しめますよね。

 阿久津 装丁も作品の内容も、時代小説にハードルを感じている人にはすごく良いと思いますよ。候補作の中で、映像化したら一番お客さんが入るのはこれなんじゃないか、というイメージです。

単行本
千里をゆけ
くじ引き将軍と隻腕女
武川佑

定価:1,980円(税込)発売日:2021年03月26日

文春文庫
若冲
澤田瞳子

定価:825円(税込)発売日:2017年04月07日

単行本
星落ちて、なお
澤田瞳子

定価:1,925円(税込)発売日:2021年05月12日

文春文庫
宇喜多の捨て嫁
木下昌輝

定価:847円(税込)発売日:2017年04月07日

単行本
海神の子
川越宗一

定価:1,760円(税込)発売日:2021年06月23日

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