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目利き書店員が太鼓判! 第11回「本屋が選ぶ時代小説大賞」

目利き書店員が太鼓判! 第11回「本屋が選ぶ時代小説大賞」

文:「オール讀物」編集部

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

『もろびとの空』天野純希

 ――メジャーかマイナーかという点からいうと、秀吉による兵糧攻めの過酷さで歴史好きには有名な、三木城での籠城戦を描いた作品です。

 昼間 これぞ歴史小説という作品で、これが受賞するのではないか、したらいいなと思って今日は来ました。もともと天野さんが大好きだというのもあるんですが、作品自体の迫力に圧倒されました。飢餓に向かっていく城内の極限状況、負ける側の臨場感がひりひり伝わってくる。この追い詰められていく感じは今のコロナ禍にも通じるものがあります。それでいて辛いだけでなく、最後は一種の清々しさをもって終わっていくところも素晴らしいです。

 平井 城内のひりひり感、すごく分かります。現代の日本で飢える体験ってなかなかないですが、これを読むと我がことのように感じられる。文章の力ですよね。戦の渦中と外との対比にも感銘を受けました。民は以前のように米を作り商いに精を出していると書いてある通り、城を一歩出れば戦とは無関係の生活が続いているというのがリアルで。私たちは英雄の物語を読みますけど、天下なんて誰がとったって知ったこっちゃないというのが当時の大多数の実感だっただろうな、と思えました。

 市川 僕は店頭でもずっと天野さんを応援してます。みんな大好き、天野さん。

 一同 うんうん。

 市川 ただ、これは天野作品としてはやや異質なタイプだと思うんです。作風としては、個性の強い主人公が勝って悩んでを繰り返してやがて破滅へ……みたいなものが多いですが、今作は市井の人の視線が主軸です。戦いの勝敗ではなく不条理をひたすらに書いていく。

 吉野 僕も実は天野さんの作品すごく好きなんです。だからこそ、これまでたくさん読んできた中でこれが天野作品の最高峰だろうかと考えてしまって。足軽による略奪の惨さとか飢えの末に何を食べるに至ったかとかは、歴史好きだったら割と知っていて、想像の範疇の物語ではあるので、天野さんの中で飛び抜けたものを感じるかというと迷うところです。

 市川 三木城を天野さんが描くとなった時にどういう風に展開していくのかなと思うと、基本的にお話自体はあまり動かないんです。戦争の様々な不条理さをただただ繊細に描写していく。これまでの作品と較べて心が高揚するようなくだりとかは一切ないんです。それなのにページを繰る手が止まらないのは、個々人のキャラクターの造形や心情の描き方が素晴らしいからで、僕も大好きな作品ではあります。他の年だったら迷わず大賞に推したかもしれません。それだけ今年の候補作が粒揃いなんです。

 昼間 市川さんの言う通り、心躍る場面があったりはしないし地味ですけど、あえての地味さだと思うんです。タイトルに「もろびと」とある通り、歴史って将軍とか偉い人だけのものではなくて実は女衆や病人、色んな人がいるんだということが書かれています。ふつうに面白い作品を書ける天野さんが、今までだったら選ばない題材、違う切り口に挑まれているのが凄いなと。

 吉野 昼間さんに説得されかけている自分がいます(笑)。名の知れた大将クラスのほうが小説になりやすいところを、市井の人や敗者を落ち着いた筆致で描く傑作と言われればその通りで、心が揺らぎます。

 阿久津 天野さんといえば疾走感・高揚感に酔わせてくれる作家だと思っていたんですが、みなさんがおっしゃる通り今回は異質ですよね。新境地だと感じました。偉い人たちが愚行を犯すと民が苦労するという単純明快な、今の世の中にも通じるメッセージ性を、肝を据えて書かれているのがすごく良いと思います。

『黒牢城』米澤穂信

 ――昨年の選考会で八重洲ブックセンターの内田俊明さんが「雑誌連載中の米澤さんの有岡城シリーズに注目です」と予言していかれたのが、この作品です。

 吉野 織田信長に背(そむ)き有岡城に籠(こも)る荒木村重が、使者の黒田官兵衛を捕えて幽閉した史実に、城内で起きた難事件について村重が牢の中の官兵衛に相談するというフィクションを巧妙に織り交ぜています。有岡城籠城を巡る歴史上の謎に力点を置きつつ、黒田官兵衛の権謀術策が光るところはミステリーとしても時代小説としても卓越していると思いました。

 阿久津 米澤さんを、この賞に選べるチャンスがこの先またあるだろうか、と思うと俄然推したくなります。ここで選ばずに山田風太郎賞に選ばれるのも悔しいなという気持ちもあり(注:この選考会の二日後に受賞決定)。もともと自分がミステリー好きということもあって、特別な思い入れのある作品です。一章ごとの話の運び方と構成が巧みで、歴史小説という枠組みでミステリーを展開するのは相当難しかったはずですが見事にクリアされているのも流石。内田さんが推薦されていた通り、本格ミステリーファンにとっても歴史小説ファンにとっても、読んで良かったと思える作品です。

 吉野 “時代ミステリー大賞”だったら満場一致で受賞ですよね。ミステリー色の強さが、時代小説大賞にとってはどうなのだろう、という一点のみで迷っています。

 平井 私もどちらかというとミステリーとして読みました。第三章で、時系列に出来事を整理する部分なんてもう「探偵じゃん!」って嬉しくなってしまいました。本当に、ものすごく面白かった。ミステリーとしても時代小説としても面白かったからこそ、この賞で重要なのはどちらの要素なのだろうと悩んでしまうんです。ここに来るまでの電車の中でもずーっと考えてて。正直、今でも結論が出ていない状態です。この作品が受賞してもなんの文句もありません。

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