「わたくしは詩人というものを形而上学的な実在発見者あるいは実在探検者でなければならないと考えています。わたくしはそれですから形而上学者というものは、またある意味で詩人でなければならないと考えるのです」(「詩人の友に与える手紙」)と吉満は書いている。実在の探究という一点において、詩人と形而上学者──吉満にとってそれは真の哲学者を意味した──が出会う。詩人は、内なる哲学者との出会いにおいてよりいっそう詩人であることを深め、哲学者は、内なる詩人との邂逅を経て、己れの哲学をいっそう深化させるというのである。
吉満義彦は、秀逸な哲学者であっただけでなく、深甚な神学を胸に秘めた人物でもあった。病による早世のために実現しなかったが、彼は司祭になることを望んでいたと伝えられる。司祭になるということは哲学者であることを諦めることにはならない。むしろ、彼にとってアウグスティヌス(三五四~四三〇)やトマス・アクィナス(一二二五頃~一二七四)といった先人は、聖者や神学者であるだけでなく、類例を見ない独創的な哲学者、彼のいう「実在探検者」だった。
アウグスティヌスやトマス・アクィナスにもそうであったように吉満にとっても人間的現実があって「実在」があるのではなかった。「実在」があるからこそ、人間のいう「現実」がある、それが吉満の世界観だった。現実探究が重要なのはいうまでもない。しかし、その地点で留まるのは哲学者の使命を手放すことになる。それが吉満義彦にとっての哲学者の悲願であり、矜持(きょうじ)だった。
哲学だけではない。宗教もまた、吉満には人間だけの力で造り得るものではなかった。そこにはどうしても「神」のはたらきかけがなくてはならない。「文化と宗教の理念」と題する一文で彼は、宗教の起源をめぐって次のように述べている。
宗教はもともと人間の罪の意識と救済の要求をほかにしてはないのである。神の実在的威厳の深い意識なしに真実の宗教性は存しないのである。神の前に己を主張する、あるいは己の中に神を包摂し尽くすところには、宗教性はその本質を見失われ、神はその姿を見失われていく。神あっての世界であり、神あっての人間であるという意識の中にこそ宗教性は存するので、人間のための、人間の故の神という意識の中には、神は実在的には臨在しないのである。
「神あっての世界であり、神あっての人間であるという意識」、こうした言葉がすでに現代では──ことに現代日本では──「哲学」の言説としては認められないだろう。吉満の時代にもそうした空気はすでにあった。それを十分に知りながら、彼はこうした言葉を紡ぎ続けた。彼は、知り得たことを語るよりも、信じていることを語る道を選んだ。信が知を包み、それを豊かにすることはあっても、現代のいう「知」が信を包含することはないことも彼はよく知っていたからである。
現実界を論じる者にとって「天使」は、ある種の比喩的表現に過ぎない。しかし、吉満がいう形而上学者にとってそれは「実在」にほかならなかった。「天使を黙想したことのない人は形而上学者とは言えない」(「天使」)。真に吉満義彦の哲学と対話しようとする者は、この言葉が、彼の真実の告白であることを見過ごしてはならない。
一九三三年五月、吉満は妻輝子を喪(うしな)っている。この出来事は、吉満の哲学に決定的な影響を与えている。誤解を恐れずにいえば、妻の死を経て、彼は、哲学者の衣を脱ぎ、形而上学者として新生したといってよい。霊的変貌といえるその出来事の経緯は「『実在するもの』─聖母被昇天前夜の感想─」の終りに鮮やかに記されている。
「私は自ら親しき者を失って、この者が永久に消去されたとはいかにしても考え得られなかった。否な、その者ひとたび見えざる世界にうつされて以来、私には見えざる世界の実在がいよいよ具体的に確証されたごとく感ずる」、こう書いた後、彼はこう言葉を継いだ。
最も抽象的観念的に思われたであろうものが最も具体的に最も実在的に思われてきた。見えざる実在の秩序を信ずることとその存在を具体的に感ずることとは自ら別である。私は親しき者を失いし多くの人々とともに、失われしものによって最も多くを与えられる所以を今感謝の念をもって告白し、このまとまらぬ感想をとどめたいと思う。
吉満にとって生きるとは、死者と共にあることだけでなく、死者に導かれてあることであり、生者の世界と死者との世界を叡知の言葉によって架橋することにほかならなかった。「文学とロゴス」で彼は死者をめぐって、告白のような美しい言葉を書き残している。
死者を最もよく葬る道は死者の霊を生けるこの自らの胸に抱くことである。
読者のなかには、この一節からだけでも、無上の慰藉を得る者がいるのではあるまいか。私はこの言葉によって、悲しみの洞窟に光を見出した一人である。
「編者解説」より
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