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作家であり、社長である。稀代のアイデアマン・菊池寛の真の魅力に迫る! 北村薫×門井慶喜

作家であり、社長である。稀代のアイデアマン・菊池寛の真の魅力に迫る! 北村薫×門井慶喜

文藝春秋創立100周年記念作品 『文豪、社長になる』刊行!

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

『文豪、社長になる』(門井 慶喜)

 ベストセラー作家にして文藝春秋を創業、芥川・直木賞を創設した菊池寛。周囲に愛されたその生涯を追った『文豪、社長になる』が現在好評発売中です。

 2018年、菊池寛の生誕130周年を祝し、菊池寛記念館(香川県高松市)にて行われた北村薫さんと門井慶喜さんによる特別対談を公開します。


 北村 門井さんとはじめてお目にかかったのは大阪でした。イベントの後に食事の席があって、ふたりで“マニア合戦”をした。お互いに「こんなの読んでる」「こんなに読んでる」と(笑)。たしか、『茶話(ちゃばなし)』の話をされていた。

 門井 覚えていていただけて光栄です。『茶話』は戦前、毎日新聞の学芸部長だった薄田泣菫(すすきだきゅうきん)が歴史上の人物の逸話を中心に書いた新聞コラムですね。

 北村 戦前だと、上司小剣(かみつかさしょうけん)が読売に書いたコラムも面白い。さらに今日の主役、菊池寛が「文藝春秋」に書いた『話の屑籠(くずかご)』を加えたら、私が考える「三大コラム」になる。そんなことをこの菊池寛記念館に向かいながら思ったんです。

 門井 『話の屑籠』は、時事問題を扱っていて面白いですよね。

 北村 菊池寛という人の考え方がほんと良く出ている。のちに文藝春秋の社長になる池島信平も、入社前から「文藝春秋」を手にすると真っ先にこれを読んでいた。永井龍男の評伝『菊池寛』には、池島が語った『話の屑籠』の評価が書かれています。〈短いものであったが、実にリアルで、いい意味の良識にあふれた感想が、毎月2つ3つ載っていた。平易な文章で、自分の思っていることを的確に現わしているところが、胸がすいた〉。

 門井 池島は、文藝春秋の中興の祖と言われる編集者ですね。東京帝大で西洋史を専攻していて、教授の今井登志喜から「君、大学に残らんか」と誘われたくらいの秀才。当時の東大生なら、むしろ難解な文章のほうを好みそうですが、彼は菊池寛の平易さを評価していた。入社前からジャーナリスティックなセンスが抜群でした。まさに、栴檀(せんだん)は双葉より芳し、ですね。

菊池寛記念館を見学するお二人

 北村 菊池の時代は、やたらに文飾が多かったり、比喩が多かったりするのが「良い文章」とされたイメージがある。でも、菊池はストレートに表現する。だからいま読み返しても、強く訴えるところがありますね。

 門井 特にデビュー直後に書いた初期の短編小説『恩讐の彼方に』『忠直卿行状記(ただなおきょうぎょうじょうき)』『藤十郎(とうじゅうろう)の恋』などは、その傾向が強い。言い換えるなら描写よりも叙述、詩よりも散文によりいっそう強く寄っている文章なのだと思います。文章は飾りから古びるから、菊池は古びない。

 北村 たしかに散文的です。小島政二郎は『眼中の人』で菊池の文章について面白いことを書いている。〈文章の粗雑さ、技巧の粗雑さ、私の嫌いなそうしたきめの荒さも、この「生々しさ」の魅力のうちに消えてしまっていた〉。

時代の先に立つ精神

 門井 菊池の初期作品には3つの特質があると思います。1つ目がその散文性だとすると、2つ目は人口に膾炙しているテーマ、つまり読者にとって入りやすいものを扱う。歌舞伎を書くにも無名の役者ではなく元禄の名優坂田藤十郎。武士を描くなら、『恩讐の彼方に』のように仇討ちモノ。3つ目は、読者の意表を突くこと。『藤十郎』でも、題材に比べ中身は近代的な恋の仕掛けを使う。『恩讐』だったら、仇討ちを描きながら、最後は仇を討つ人と討たれる人が仲よく岩壁を掘っている(笑)。

 散文的な文章、人口に膾炙するテーマ、意表を突いた内容――この3つの特色は考えてみると、優秀な雑誌記事の特徴そのままなんです。

 北村 なるほどね。

 門井 菊池寛という人は、初期短編を書いている時点で将来の大ジャーナリストとしての芽が出ていると思いました。

 北村 戦国の世で最後まで命乞いをする今川家の小姓を描く『三浦右衛門の最後』なんて、いまなら「武士とはいえ、人間なんてそんなもの」と当たり前に受け止めるけど、書かれた大正5年ごろは忠臣蔵について「結局は浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が短慮だったんじゃないの」なんて言ったら、「とんでもない奴だ」と殴られた時代。そんなタイミングで『三浦右衛門』を書いた。やっぱり時代を早く生きた人だなという感じがします。

 門井 単に意表を突くというだけでなく、時代背景を考えれば、もっと深刻な思想があったわけですね。

単行本
文豪、社長になる
門井慶喜

定価:1,980円(税込)発売日:2023年03月10日

電子書籍
文豪、社長になる
門井慶喜

発売日:2023年03月10日

プレゼント
  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

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    応募期間 2024/11/20~2024/11/28
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