江戸時代の大坂・道頓堀。穂積成章は父から近松門左衛門の硯をもらい、浄瑠璃作者・近松半二として歩みだす。だが弟弟子には先を越され、人形遣いからは何度も書き直させられ、それでも書かずにはいられない。物語が生まれる様を圧倒的熱量と義太夫のごとき流麗な語りで描く、直木賞&高校生直木賞受賞作。
硯
廻り舞台
あをによし
人形遣い
雪月花
渦
妹背山
婦女庭訓
三千世界
小説を書いている間の、喜びも苦しみも、まあだいたい、わかったつもりになっていました。楽しいこともあれば辛いこともある。そんなの当たり前。それでも一行一行書きつづけるだけ、そう思って、二十数年、やってきました。
ところがところが、この、『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』を書いている間、なんといったらいいか、そういう、自分の知っているレベルをはるかに突き抜けた喜び、楽しさが味わえたのです。むろん、苦しいときもあるにはありましたが、ともかく、ありえないくらいに書くことが楽しかった。
もう、ほんとにこれで充分だ、と思っていました。こんな幸せ、そうないよなー、と。これ以上、望むことはなにもない。
それなのに、思いがけず、この小説で直木賞をいただきました。
またべつの(味わったことのない)喜びに浸れるなんて……。
また一行一行、書きつづけていきます。
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