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宮城谷三国志、堂々完結――この大長編に、執筆だけでも十二年の歳月をかけた

宮城谷三国志、堂々完結――この大長編に、執筆だけでも十二年の歳月をかけた

文:湯川 豊 (文芸評論家)

『三国志 第十二巻』 (宮城谷昌光 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

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 ではこのへんで、英雄たちの姿にもう少し接近してみよう。たとえば最も有名な「赤壁の戦い」はどのように描かれているか。

 曹操の軍団八十万と、孫権・劉備の連合軍五万が、長江の赤壁付近で戦い、連合軍が奇蹟的に勝利したとされる。この会戦は、じつは正史のほうでは具体的に語られることがきわめて少ない。反対に『演義』ではありもしなかった場面が「創作」されていてやたらに派手なのだが、宮城谷『三国志』では史実の制御力が十分に働いて、合戦のドラマというより、何よりも曹操・劉備・孫権三者の政治ドラマになっている。

 まず、諸葛亮が劉備の許可を得て、孫権のもとをたずね、同盟を申し入れるところから話がはじまる。これが実現したのは、劉備に好意をもつ孫権陣営の魯粛(ろしゅく)の存在によるところが大きい。そして孫権の陣営では将軍・周瑜(しゅうゆ)の主戦論が勝って、孫権は曹操と戦うことを決意する。

 面白いのは、主役の周瑜が、二万の兵があるという劉備・諸葛亮をまったくあてにしていないし、信頼してもいないことだ。しかし孫権が同意したかたちばかりの劉備との同盟によって、魏・呉・蜀の三国鼎立という基本の姿がここにはじめて出現したのである。諸葛亮にすれば、そのかたちが現われるだけで十分で、劉備のわずかな軍勢が曹操軍に本気で挑みかかるとは思っていない。周瑜もむろんそんなことは思ってはおらず、自分の軍勢(三万あるいは五万)だけで、得意の水戦で曹操軍を倒すべく秘策をねる。

 いっぽう曹操は戦いにのぞんで泰然自若としてゆるぎがない。それは、荊州に軍を進めて支配下に置き、その占領行政に手応えを感じているからだ。統治する政治ではけっして孫権に負けない。「まことの勝負は、武の衝突では決してない」と曹操は思っている。いずれにしても、曹操にとっては絶対的に勝てる戦いである。だから孫権が降伏せずに挑んでくると知ったとき、「まことかや」と首をかしげる。しかし、疫病の流行が曹操の大軍をおそっている。油断とまではいえないにしても、不慣れな水戦に対する工夫がもう一つ足りなかった。

 そして周瑜の部将・黄蓋(こうがい)がもちだした火攻めの賭けが効を奏した。奇蹟的に東南の風が吹き、黄蓋軍の炎に包まれた船が、ずらりと並んだ曹操軍の軍艦を焼き払うのである。敗れた曹操は、華容道の退却を余儀なくされる。

 それが「赤壁の戦い」の概要であるが、この戦いに劉備軍がほとんど出てこないのを、読者は知る。宮城谷氏は小説のなかで、後世の人々が劉備・諸葛亮がこの会戦にまったくかかわっていないのにいらだち、諸葛亮が壇を築いて東南の風を吹かせるという魔法を行なうシーンを入れたが、「それは作り話である」とそっけなく片づけている。

 作家ひとりが、あえて劉備を無視しているのではない。同盟軍の孫権・周瑜、敵軍である曹操、さらには同盟を推進した諸葛亮さえも、劉備軍の動きをほとんど問題にしていないのである。劉備はさすがに呉に対して怒りを抱くが、それで何かが変わるわけではない。

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文春文庫
三国志 第十二巻
宮城谷昌光

定価:803円(税込)発売日:2015年04月10日

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