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“正統派物語作家”の根っこにあるもの

“正統派物語作家”の根っこにあるもの

「本の話」編集部

『空ばかり見ていた』 (吉田篤弘 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

クラフト・エヴィング商會と小説の関係

――吉田さんの小説のある部分は、クラフト・エヴィング商會の作品と、ものすごく密接なイメージの世界を持っていると思うんですけれど、その接続部分についてお話しいただけますか?

吉田 クラフト・エヴィング商會でものをつくったりするにしても、何にしても、すべては一つの言葉からスタートするんです。だから小説を書くときも、何かものをつくるときも、どっちも同じ。最初は本当にたった一つの言葉しかないんです。「ロースト・チキン」とか、ただそれだけなんです。それは、「つむじ」でもなんでもいいんですけど、例えば「つむじ」だと、そんなに日常では使わない。一日に一回は「つむじ」という言葉を使うかというと、そうでもない、まずめったに使わないですよね。ただ「つむじ曲がり」とか、「つむじ風」というふうに、そこからさらに言葉が出てくるし、よく知っている言葉なんだけど、日常語と微妙にずれているぐらいのところにある言葉というんですかね、そういう言葉をふとどこかで耳にしたり、自分の口から出たりしたときに、「あっ」と思うんですよね。

 一つの言葉があって、そこからいろんなものが連鎖していったときに、その連鎖の手応えがあれば、これはいけるんじゃないか、何かになるんじゃないかという、だからそこはもう偶然がどれだけ作用するか、ということだと思うんです。

――言葉の形で出てきたものを、書いてみよう、なのか、つくってみようになるかで、つまり小説のほうにいくのか、クラフト・エヴィング商會の創作のほうにいくか決まる。

吉田 あと、実際問題としてこれは本当につくれるのかどうかということもありますね。かなり突拍子もないものが多いですから。つくれないようなものを一生懸命つくるというのは大事なんですけど……あと、こんなものは意外につくってもおもしろくないや、というのもあるかもしれません。やっぱり言葉だけが顕(た)っていて、ものとしてはそんなには魅力的じゃないかな、というものもありますし。でもやっぱり、自分がものとして見てみたいからつくりたいんだと思うんです。これは言葉のなかだけで完結してるほうがいい、姿かたちを現わさないほうがいいと思うものと、これは是非、見てみたいと自分が思うか、そこですかね……。商會の『アナ・トレントの鞄』という本はそんな思いで作りました。

『アナ・トレント』の場合でも、あのなかのいくつかは小説のネタだったんです。だけど小説にしないで、ものとしてつくることにしたわけです。ただ、ものをつくるあいだには、それなりにやっぱり考えるんですね。たとえば、「ひとりになりたいミツバチの家」というのをつくりましたけど、その間、やっぱり、ミツバチについて考えますし、いつも群れているミツバチがひとりぽっちになるさまみたいなものを、一応、想像したりします(笑)。そうするとそれはやっぱりお話として書いてみたくなってくる。だからクラフト・エヴィング商會でやってることと、文章、小説を書くということは、常に影響し合ってます。まあ、あたり前なんですね、僕一人のなかで起きていることなんで。

 ものをつくるだけのつもりだったのが、それをつくっているあいだに勝手にお話がどんどん出てきて、それが小説になる。小説のことを考えているうちに、そのことを考えるあまりに、イメージがだんだん結晶化していって、ものになっちゃうこともある。お互い、補完し合ってというか、連鎖してるのは間違いないです。

――『空ばかり見ていた』に登場するごく壊れやすいフランス菓子「マアト」(天使の羽根)も突然『料理王国』のグラビアに登場して、びっくりしました。

吉田 あれは書いているうちに、つくりたくなったんです(笑)。これからも小説のなかに出てくる架空のものを、さもあたり前のように、ポンと見せてしまう、それはずっとやっていきたいですね。

空ばかり見ていた
吉田篤弘・著

定価:本体629円+税 発売日:2009年01月09日

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