そのテープに吹き込まれた談話を活字化したもの(「畏友山手樹一郎へ」「畏友山本周五郎へ」)から判断すると、まず山本周五郎が山手樹一郎に対する音声を吹き込み、それを聞いた山手樹一郎が山本周五郎へ返答をするということだったらしい。
しかし、そこにおける山本周五郎の談話「畏友山手樹一郎へ」には、さらに思いがけない挿話も語られていた。
山本周五郎によれば、山手樹一郎は酒を飲むと「泣き上戸」になるところがあったが、最近も、酔って泣くというようなことがあると聞いている、というのだ。胸を衝かれるのは、酔った山手樹一郎が口にするという言葉である。山手樹一郎は「自分はもう少し違った方向にすすみたかったんだ」と言って泣くというのだ。「もう少し違った方向」とは、いわゆる「純文学的な作品」を書くということであったらしい。
その、作家としての悲哀に私は思わず立ちすくんでしまう。あの山手樹一郎にして、やはりそのような思いが残っていたのかと。「断念」の向こうに、やはり「文学」に対するそのような祈りに近い思いが残っていたのかと。
だが、「畏友山手樹一郎へ」の中で、山本周五郎は、山手樹一郎にこう助言している。
《山手に僕が言いたいのは、現在のものが彼自身にとって一番いいものだと思う。異った方向のことなど考えずに、もうお互い持ち時間が少くなっていることだし、いまの道をまっしぐらに進んでいって貰いたい》
そこには、昔からの、恩人同然の友人に対する思いやりと同時に、ほんのわずかだが、自分は「文学」の曠野を切り拓いているという「自負」、あえて言えば勝者としての「傲り」のようなものが滲んでいないことはなかったと私には思える。
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