当然、山本周五郎の来訪を喜んだ山手樹一郎は、妻に酒肴を調えさせたに違いない。したたか酒を飲んだ山手樹一郎は、山本周五郎を前にして、自分も「違った方向」に進みたかったと、涙を流しただろうか。そして、やはり、山本周五郎は、「違った方向」などということを考えず、「いまの道」をまっしぐらに進んでいってほしいなどと、勝者に特有のある種の無慈悲さを漂わせながら言い放ったのだろうか。
山本周五郎は、この「幻の再会」から八年後に仕事場で死んだ。
衰えは見られたが、それは、文学の頂に登るという野心を燃えつづけさせたままの、途上の死だった。
一方、山手樹一郎は、その「幻の再会」以後、さらに十九年にわたって、山本周五郎の言う「いまの道」、つまり以前と同じような作品を書きつづけ、病院で死んだ。
二人の、文学的な評価という土俵での勝負はついている。
だが、それでも、私はあの向日性を帯びた明朗な主人公が出てくる山手樹一郎の小説世界に浸っていた少年時代を懐かしく思う。
そして、それを書きつづけた職人的な作家の山手樹一郎の姿が、ふと、山本周五郎の小説世界の住人のように思えてきたりもする。こつこつと確かな職人仕事をしながら、ときに酔っ払ってくだをまく「ちゃん」の重吉のように、悲哀に満ちた、あるいは、悲と哀のあいだを生きているような……。
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