山本周五郎と山手樹一郎について、とりわけ、ひとつの挿話が心に残る。
昭和三十四年のある日、住んでいる横浜から東京に出てきた山本周五郎は、豊島区の要町にある山手樹一郎の家を訪ねようとする。
《三年くらい前に、僕の親しい新人落語家の会が池袋であった時、近所まできたから山手の家を訪ねようと思った》(「畏友山手樹一郎へ」)
そのとき山本周五郎に同行していた木村久邇典によれば、池袋で寄席をのぞいたあと、不意に山手樹一郎の家を訪ねる気になったらしい。しかし、近くまでいくと、偶然にも、講談社の編集者が、山手樹一郎が不在のため虚しく帰るところに遭遇してしまう。山手樹一郎はたまたま自分の作品が原作となった映画の試写会に行っていて、家を留守にしていたのだ。
木村久邇典が書いている。
《後日、山手は「めったに他出しないし、試写会などほとんど見にいくこともなかったのに――」と残念がった》(『人間山本周五郎』)
それが二人の会うことができたかもしれない、最後の機会だった。
もし、会えたとしたら、どんな話をしたのだろう。
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