書評

様々な「悲哀」を乗り越える、人間の貴い姿を描いた。周五郎短編は、終わることがない――#3

文: 沢木耕太郎

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

『将監さまの細みち』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

「桑の木物語」

 主人公は、大身の武家のもとに生まれたものの、双生児だったためにひとりだけ船宿にあずけられることになるが、そのおかげで伸び伸び育つことのできた土井悠二郎。

 しかし、少年時代に、ふたたび家に引き取られ、窮屈な武家の子供としての人生を送るようになる。

 周囲からは、その野生児ぶりに呆れられるが、どこを見込まれたのか、若君である正篤の「御学友」に上げられてしまう。

 そこで、悠二郎は、ひ弱な正篤をさまざまな冒険に巻き込んでいく。近習たちの隙を見つけては屋敷を抜け出し、養家だった船宿にまで連れ出し、桑の実を食べさせたり、川遊びをさせたりする。

 そうするうちに、二人の仲は深まり、正篤も健康的になっていく。

 やがて成長した若君の正篤は藩政を任せられるようになる。

 ところが、二人で藩政の改革をやっていこうと固く約束したはずなのに、悠二郎は正篤からなぜか遠ざけられてしまう。

 あの楽しい日々を共有した二人がどうして離れ離れになってしまうのか。悠二郎にはどうしてもわからない。

 ――なぜなのだろう……。

 前半は、悠二郎の正篤との牧歌の時代が描かれ、後半に至り、悠二郎の懊悩の時代が始まる。やがてその懊悩が愁いを含み、かなしみを耐える物語になっていく。

 そして、ついにその理由が明らかになる。

 これは主従という関係を持った二人の若者の美しい物語である。あまりにも美しすぎるという異論もあるかもしれない。しかし、私は、かなしみの向こうに立ち現れる、このいくらか苦い味の残ったハッピーエンドが決して嫌いではないのだ。

将監さまの細みち山本周五郎 沢木耕太郎編

定価:本体870円+税発売日:2018年07月10日


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