「別冊文藝春秋 電子版22号」(文藝春秋 編)

 その能の路を、いま鵺で締め括ろうとしている。

 どうにも行き場のない三日を、野宮の役者にくれてやるのはどうか。

 生きていくだけでいっぱいで、己れが何者であるかなど考えたこともなかった。

 だから、己れをなにに仮託してよいのかわからない。

 曲を勤めるときも、努めてシテに己れを重ねることなく、いまから振り返れば、軸だけで舞ってきた。

 でも、鵺は化生の者だ。

 妖怪であり、鬼だ。

 頭は猿で、手足は虎で、尾は蛇で、鳴く声は夜の深い森に物哀しい口笛のように響き渡る虎鶫だ。

 つまりは、鵺は猿ではない。

 虎でもない。

 蛇でも、虎鶫でもない。

 鵺は誰でもない。

 誰でもない鵺なら、己れでもいい。

 鵺なら己れを重ねることができる。

 はたしてそんなことができるのかどうかはわからぬが、剛は鵺を軸ではなく、己れで舞おうと思った。

 軸の節理は置く。己れの節理で舞う。

 だから、この三日、鵺になる。

 そうと思い立った剛は、夕刻を待って、又四郎を呼んだ。

「想いも寄らぬこと」を伝えるためではない。

 あの都鳥の名処がある今戸町へ向かうために呼んだ。

 この前は姿が見えなかったが、都鳥は冬鳥だという。師走のいまならば渡り来ているだろうが、月の光には浮かび上がるまい。火事と見紛う黒煙を放つ瓦の窯だって、これから向かうのであれば火を落としているだろうし、西の風が運ぶ仕置場の臭いもきっと届かぬかもしれない。

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