それでも昼ではなく夜に、剛はあの河原に立たなければならなかった。
鵺は夜の能だった。
夢幻能の多くは陽の残る頃に前場が始まり、夕刻を経て、夜の後場を待って霊が霊となって現われる。
が、鵺は、夜に始まって夜に終わる。
正しくは、「山の端の月」が沈み行く、朝を呑んだ夜に終わる。
夜な夜な黒雲に乗って御所の上を飛び回り、得意になって帝に憑き祟っていた鵺はある夜、弓の名手である源頼政に射落とされる。
落ちたところを頼政の従者に九回刺し貫かれ、骸を「うつほ舟」と表される丸木舟に押し込められて淀川に流された。
舟は淀川を漂い下って、葦の生い茂る蘆屋の浦の浮洲に流れ着き、鵺は月日もわからぬ暗渠から冥界の闇路へ朽ち果てつつ入っていく。
その迷いの尽きることのない闇路を、「山の端の月」の光で照らしてくれと願いながら、シテの鵺は海中に沈んでいくのだ。
だから剛は、葦が埋め尽くす夜の河原に立ちたい。
伝えると又四郎は「さようでございますか」と言い、「師走ですので野宿はなりません」とつづけた。言われてみて剛はすっかり「山の端の月」を待つ気でいる己れを認めた。
表門を出ると、星は見えるが月は出ていない。二十日の月は更待月で、亥の刻の中頃を待ってようやく姿を現わす。
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