「連獅子」からはじまった
大島 直木賞受賞後に依頼されたエッセイにも書きましたけど、私の歌舞伎はお祖父さまの中村勘三郎(十七世)から始まっているんです。
七之助 大島さんのお住まいは名古屋ということですから、やはり御園座でしょうか。
大島 はい。御園座で中学生の時に、お祖父さまの勘三郎さんと、まだ勘九郎を名乗っていたお父様の「連獅子」を観て、今のはいったいなんだろう? すごいものだと頭がしびれるような感覚でした。それ以来、ずっと中村屋さんを観続けています。
七之助 僕ですら実際に観たことはないのですが、祖父と父の「連獅子」は降るようにお客様が入って、本当に大変なものだったと聞きますね。歌舞伎座でのことだと思いますが、祖父と父の踊りの後の「宗論」の場面を演じる(市川)猿(二世)のおじ様と(中村)富十郎(五世)のおじ様が、「僕たちも負けないように頑張ろうね」と出ていって、その「宗論」も素晴らしいものだったそうです。父よりも年配の名優お二人の心をも揺らした舞台を、僕も出来るものなら観てみたかったですし、とにかく、名古屋は中村屋にとってはとても大切で、特別な土地なんですよ。
大島 初代中村勘三郎は、名古屋市中村区生まれだということで、中村公園には銅像も建っていますよね。
七之助 祖父はずっと「俺は名古屋でいい役者にしてもらった」という気持ちを持っていて、御園座にはすごく思い入れがありました。だからその十三回忌は、歌舞伎座で追善公演をやって、その次に名古屋で追善の特別舞踊公演も行いました。襲名興行は全国で行いますが、追善では滅多にございません。それは父が祖父の受けた御恩を忘れていなかったからで、この時も御園座は満席になりましたね。当時、僕はまだ舞台に出させていただいていない時でしたけど、「舞鶴五條橋」で牛若丸役を踊りました。
大島 「舞鶴五條橋」は、昨年の平成中村座で勘太郎君が牛若丸を踊ったのを観ました。お兄さまが弁慶役であれもすごくよかったです。
七之助 もともと「舞鶴五條橋」は、祖父が常盤御前と弁慶の二役を早替りで演じて、父が牛若丸でした。僕が牛若丸を演じた父の追善公演では、常盤御前が久里子の伯母で、弁慶は(中村)芝翫(八世)のおじでしたね。舞台に出た瞬間、「牛若」と呼びかけられて、客席の方へ振り返ったら、二階席のお客様までうわーっと拍手してくださった。すごく嬉しかったし、今でも忘れられません。
大島 お父様の勘三郎襲名の時の御園座もすごかったですよ。連日、補助席が出て通路が通れないくらいになっていました。
七之助 楽日には確かカーテンコールがかかって、舞台袖でびっくりしたのを覚えています。もちろんふつうのお芝居ならよくあることでしょうけど、歌舞伎で、しかも御園座でカーテンコールがあるなんて、本当に驚きました。
大島 楽は残念ながらチケットがとれなかったんですけど、私の記憶の中で勘三郎さんの襲名公演の時ほど客席に人が入ったことはないですね。
忘れられない父の笑顔
七之助 大島さんに観ていただいた、平成中村座でのお三輪は父の追善公演でしたよね。二〇一二年に自分からお三輪を演じたいと父に伝えて、「俺のお三輪もよかったんだ」という話をしてから、数か月後、実際に初役で演じることが決まった時には、玉三郎のおじ様もすごく喜んでくださいました。九月のことで、父はもう手術をして、それ自体は成功しましたが、肺が悪くなって呼吸器をつけていましたね。そこから十月以降、どんどん悪くなってしまって、十二月に亡くなってしまったんですが……。
大島 そのお話を聞くだけで、駄目だ――もう泣けてきます。
七之助 呼吸器をつけていてしゃべれなかったけれど、九月はまだ体調がよかったんですよ。玉三郎のおじ様に教えられたことを話して、「僕はこんな風に演じさせていただきます」と報告したら、「そうそう」と頷いた、あの笑顔が忘れられなくて……あの時の稽古は本当に大変でしたし、いろんな思い入れがすごくあって。だから追善公演でもお三輪を演じさせていただき、それを観ていただいたというのは、もう運命的なご縁だと思います。
大島 本当にお祖父さまの十七世中村勘三郎から、ずっとがっているという……だから、あんなにお三輪ちゃんを書きたいと思ったんですね。本当に中村屋さんのおかげで、この小説が生まれたと思っています。
雑誌で連載をしていた最終回の原稿を書き上げた翌日が、偶然にもお父様の七回忌追善公演を前にした「偲ぶ会」だったんです。そこでも勘三郎さんが命がけで素晴らしいお芝居を観せつづけてくださったからこそ、『渦』が無事に書けました、とお礼を心の中で伝えてきました。
七之助 そう言っていただけると、うれしい限りですね。
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