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<対談>彩瀬まる×小川哲「多彩な子に囲まれて育った十代の記憶」

<対談>彩瀬まる×小川哲「多彩な子に囲まれて育った十代の記憶」

別冊文藝春秋

電子版30号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

価値観の近さを感じる

小川 彩瀬さんの作品を読んで感じたのは、自分とすごく近しいものがあるということ。善悪の捉え方とか、守りたいと思っている価値観とか。でも、まず言いたいのは、文章のことです。丁寧で読みやすいのはもちろんですが、なんというか、うまいんですよ。彩瀬さんは五感の描写が実に見事。

彩瀬 そんなそんな。でも、五感についての描写が多いというのはそうかもしれません。

小川 特に嗅覚や触覚に割いている割合が多くて、描写がふくよかに作品世界を立ち上げているんですよね。僕の小説にはそれがない。そもそも僕自身が「臭い」と「いい匂い」くらいの嗅覚しか持ち合わせておらず、触覚も「硬い」と「柔らかい」ぐらいしか認識してない(笑)。視覚や聴覚は僕の中でも大切にしている感覚ですが、彩瀬さんの作品には五感のすべてが動員されていると感じました。

彩瀬 確かに……たとえば目の前に美しい人がいて、耳触りのいいことを言ってくれている、だけどなんだか嫌な予感がして、誘惑されつつも逃げだしたい。そんな複雑な状況を表現する際、五感のすべてを使ったほうが効果的だ、と思っているところがあるかも。

小川 僕は世界を概念的に認識しているんでしょうね。小説世界も概念で動かしているところがある。そういう違いによるのか、彩瀬さんの作品は僕の小説よりずっと空間としての強度が高いと感じます。SF作家の飛浩隆さんの作品にもそれは感じることで、飛さんもやっぱり嗅覚や触覚の書き込みが凄まじいんですよ。

彩瀬 私は逆に、小川さんてよくこんなにさまざまな舞台設定や時代背景で作品が書けるなあと感動しました。私は、その場の匂いとか音の反響とか、そういうものを掴まえた気にならないと書き出せないから舞台が限られちゃう。

小川 ああ、そういう感覚から小説空間を立ち上げていくんですね。

彩瀬 そうなんです。この空間にいる人の視界はこうで、部屋の明るさはこれぐらい。この人にあれは見えているけどこれは見えていなくて……というような、ディテールを積み重ねていかないと小説世界が立ち上がらないんです。

――大量の植物の種を飲み込んだ女性の体内から伸びた芽が、やがて森となり部屋から溢れ出していく。『森があふれる』というお話は、まさにそうした感覚を基盤に世界が構築されていますね。

彩瀬 そうですね。それゆえあの作品は受け取られ方にも差があって。美しい森を想像する人と、気味の悪い森を想起する人でまず作品の印象が異なるし、私にとってはその皮膚感覚の差こそが書いていて楽しいところなんですが。でもだからこそ、概念や構造を拠り所に小説を書けるというのは勇敢だなあと。小川さんの『嘘と正典』に収録されている短篇「ムジカ・ムンダーナ」、あれを読んで、私、本当に驚きました。状況を音楽でたとえることに成功している。音楽は目にすることができないので、すごくたとえにくいもののはずなのに、構造を説明することで、比喩を託す先として音楽が適切に機能していた! 小川さんは感覚に頼らず、構造を描写する緻密さを持っておられるんですよね。

別冊文藝春秋からうまれた本

文春文庫
くちなし
彩瀬まる

定価:682円(税込)発売日:2020年04月08日

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版30号(2020年3月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年02月20日

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