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<対談>彩瀬まる×小川哲「多彩な子に囲まれて育った十代の記憶」

<対談>彩瀬まる×小川哲「多彩な子に囲まれて育った十代の記憶」

別冊文藝春秋

電子版30号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

彩瀬 賢い人も、論理的に考えることが苦手な人も両方描かれていて、その描き方の幅も、とんでもなく広い。SFかどうかというより、まず、私たちが生きる社会の姿をひたすら実直に書いておられるという印象を受けました。

小川 砂漠感ということに関しては、僕が根源的に抱いている感覚が影響しているのかも。自分の根っこには、世の中の不条理に対する諦めみたいなものがあります。世の中に間違ったことはたくさんあって、システムが個人を追い込むこともある。その仕組みと戦うことはすごく疲れることで、僕にはそれはできそうにない。けれど、今までの歴史の中でも、そしてこれからも、自分の人生を懸けてシステムと戦っていくような人が世界を変えていくこともあるはず、そういう憧れのような気持ちがあります。

 でも同時に、世界を変えた結果、また新しい間違いが生まれることもあるというのは歴史が証明していますよね。それこそ貧富の差をなくそうとして賢い人がつくったシステムが、ポル・ポトの大虐殺につながってしまった例だってある。じゃあどうする? という終わりのない問いが、『ゲームの王国』を書いている間中、自分の中を駆け巡っていました。

彩瀬 面白いですね。お話をうかがっていると小川さんは、皆を苦しめているシステムが改善される可能性を信じている。でも、それが更新されていった先で、多くの人が幸せになるような完成度の高いシステムが生まれるとはまったく思っていない。そういうものを信じていない気配に、すごく共感します。

小川 確かにそうですね。というか僕はそもそも――それこそSF脳かもしれませんが――「みんなが幸せな世界」などといわれると、めちゃくちゃ警戒しちゃうんですよね(笑)。それは何らかの形で不幸なのではないかという気がしてしまう。

彩瀬 わかります。「みんなが幸せな世界」ってディストピアの伏線ですもんね。

小川 そうなんですよ。だから、世界がよくなっていって、すべての間違いがなくなるということ自体を警戒せずにはいられない。ポル・ポトを生んだ共産主義だって、もともとはそうした幸せな世界を目指す思想ですし、それを信じた人もいっぱいいたわけですから。

 つまり僕は、システムで解決を目指す世界ではなくて、個人がそれぞれの価値観のままに生きていける世界のほうがいいと思っているんでしょう。考えを認め合う世界でもなく、ただただ存在を認め合う世界というか。

別冊文藝春秋からうまれた本

文春文庫
くちなし
彩瀬まる

定価:682円(税込)発売日:2020年04月08日

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版30号(2020年3月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年02月20日

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