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<対談>彩瀬まる×小川哲「多彩な子に囲まれて育った十代の記憶」

<対談>彩瀬まる×小川哲「多彩な子に囲まれて育った十代の記憶」

別冊文藝春秋

電子版30号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

小川 ああ、なるほど! それはいい……真似したい(笑)。ホームズに対するワトソンのような人物として自分を入れていくわけですね。彩瀬さんが『別冊文藝春秋』で昨秋から始められた連作短篇シリーズもそうですよね。一作目の「新しい星」は赤ん坊を亡くして心を傷めている青子という女性が主人公ですが、彼女には大学の合気道部で一緒だった茅乃という友人がいて、二作目の「海のかけら」の主人公である、勤めを辞めて引きこもっている玄也もまた、合気道部の縁でふたりとつながっている。茅乃も癌でありながら、明るくリハビリしている。叩き落とされるような、これでもかというくらいの絶望が描かれる一方で、別の側面を持ったそれぞれの人生も見えてくる。玄也が思わず飼ってしまうタコにも、そういう感触が投影されているな、と思いました。

彩瀬 嬉しいです。そうなんですよ。生きている中で凄まじいインパクトが与えられる出来事があっても、それに人生を乗っ取られないようにしている人たち。小説がともすれば過剰に書いてしまいそうなものを書きすぎず、それはそれとして人生を楽しむ感覚を書きたかったんです。たとえていえば、小説に銃が出てきたら必ず発砲される、というようなことをやめたいんですよね。

小川 よくわかります。ミステリーの殺人現場にメガネが落ちていたら犯人につながる証拠になるわけですが、普段の世の中ではメガネが落ちていても、ただの落とし物で、何も起こらない。その「ただ単に落ちているメガネ」のようなものをどうやって書くかということは、僕もすごく考えています。刷り込まれたコードから逸脱していきたい。

彩瀬 引きこもっている玄也についても、部屋から出る、出ない、だけにこだわるのではなく、「彼が苦しまず、楽しく生きていける状態」を模索したいと思いながら書いていました。就業することイコール善、じゃないから。

小川 彼が税理士の友人から、今後も部屋から出ず、両親の資産で生き延びたっていいんだとアドバイスされるのは、救われ方として新しいですよね。僕はよくオンラインゲームを引きこもりの友人と一緒にやるのですが、彼も別に人生を悲観したりはしていません。

彩瀬 困っていない状態、ということですよね。玄也は対人関係に恐怖心を抱いているので、引きこもっていることを告白したら相手から厳しい目で見られると想像してしまいがちですが、実際に友人からそんな相談を持ち掛けられたら「何か困ってることある?」ってまず訊くと思うんです。そういう「弾力」がこの社会にはあるはずだと私は信じたいのかもしれません。


後編はこちら

別冊文藝春秋からうまれた本

文春文庫
くちなし
彩瀬まる

定価:682円(税込)発売日:2020年04月08日

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版30号(2020年3月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年02月20日

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