――東大の理科一類に在籍していた頃ですね。
小川 そうです。理系ですけど、みんなドストエフスキーと村上春樹はとりあえず読んでみる、というノリだったので。それでまず『風の歌を聴け』を読んで、『1973年のピンボール』を読んで『羊をめぐる冒険』を読んで……そのうちに小説の読み方がわかってきた。これは作家になってから意識したことですけど、村上さんの小説は構造がむちゃくちゃ緻密なんですよ。あと、日本でいちばん読点の打ち方がうまい人だと思います。だから、読んでて息が詰まらないんですよね。
彩瀬 ああ、リズムが。
小川 そう、リズム。ただ、リズムというとすごく抽象的になってしまうので、もうちょっと具体的に技術として学びたいなと一時期分析にハマってました。
彩瀬 なんて面白そう……私も読み直してみようかな。小川さん、卒論は何で書いたんですか?
小川 坂口安吾です。
彩瀬 え! 安吾? 理系ですよね?
小川 僕、文転してるんですよ。一回、工学部に進学を決めて、そこから日本文学を専攻し直して、卒論は安吾で書いた。修士課程からは総合文化研究科というところで表象文化論を選択して、このときはアラン・チューリングについて研究してました。
彩瀬 数学者の?
小川 そうです。表象文化論って「学問をどうやって調理するか」という、いわばメソッドなので、題材は何を選んでもいいんですよ。せっかく理系にいたし、だからこそ研究できる対象がいいなと思って。
彩瀬 それ面白そうだなあ。読んでみたい。小川さんとは話が尽きませんね。ちなみに、作家になってからハマった本というのはありますか?
小川 ジョン・ウィリアムズの『ストーナー』ですね。近年の作品で、僕のオール・タイム・ベストの「ベスト5」にまで入ってきた、すごく珍しい本です。
彩瀬 おお、それは読まねば。私はサルバドール・プラセンシアの『紙の民』とジュリー・オオツカの『あのころ、天皇は神だった』かなあ。お互い読んでから、もう一回お目にかかりたいですね。
構成:宮田文久、編集部/撮影:深野未季
あやせ・まる 一九八六年一月、千葉県生まれ。千葉大学教育学部附属小学校から渋谷教育学園幕張中学・高校へ。上智大学文学部卒業。二〇一〇年「花に眩む」で第九回「女による女のためのR――18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。一七年『くちなし』で直木賞候補。のち第五回高校生直木賞受賞。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『桜の下で待っている』『やがて海へと届く』『朝が来るまでそばにいる』『不在』『珠玉』『森があふれる』『さいはての家』など。『別冊文藝春秋』一九年九月号より短篇新シリーズ開始。
おがわ・さとし 一九八六年一二月、千葉県生まれ。千葉大学教育学部附属小・中学校から渋谷教育学園幕張高校へ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。二〇一五年、『ユートロニカのこちら側』で第三回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。一七年、『ゲームの王国』で第三八回日本SF大賞、第三一回山本周五郎賞受賞。一九年、『嘘と正典』で直木賞候補。
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